『課題してくるの忘れた』
『……はあ。何限のだ』
どうしたのかと思ったらそんなことだった。
『……全部?』
『九条。私が委員長になってからますます頼り切ってないか』
『だって委員長だし。あ、今日は5限終わったら起こしてね』
『放課後ってことか……?』
『うん。……あ、そうそう。レンにね、今まで写させてくれたお礼があるんだ。ついでに起こしてくれたお礼も入れていいけど』
『……だから、今までのはチャラで、これからも頑張れって?』
『すごい。よくわかったね』
『はあ。……いいよ別に。私も好きでやってるから』
『え。そうなの……』
『おい。なんで引いてるんだ』
『ドMだなと思って。オレ的にはちょうどいいけど。これからもよろしく』
『はあああー……』
こいつと喋ってると、どうもペースが崩される。
『あ。でもお礼はほんとにあるから』
『そんなものが欲しくてやってるわけじゃない』
『でもきっとレン喜んでくれるからさ。いつにする? オレもいろいろ準備あるし、金曜日でいっか。金曜の放課後に、空き教室に鞄持って来てねー』
『は? 鞄?』
『うん。ついでに月曜日の課題も写しとくから』
『それまでにやってこいと……』
『すごい。正解。よくわかったね』
わかりたくなかったけどな。……まあ、なんだかんだでこいつの方が頭よかったりするから、課題写されながら間違いを指摘されるけど。
『(よく考えたら、オレが助かってることもあったりするんだよな)』
【……ちょっとレン。ここ違うし。あとここも。ほんと頼むよ? 何で頼んでるのかわかんないじゃん】
『(もうちょっと、オレにも感謝してくれてもいいと思う……)』
それから毎日のように九条から課題を写させろとか、目覚まし時計代わりのことをさせられて、あっという間に金曜日の放課後になった。
『九条。空き教室じゃないといけないのか』
『うんうん。課題写させてもらってるなんてバレたら先生が怒るじゃん』
『(もう十分バレてると思うぞ……)』
でも今日は、彼女がクリスマスパーティーの集計を取りに来る。
『少しまだ残って用事を済ませないといけないから、先に行っておいてくれるか?』
『あ。うん。それじゃあそうする。きっと涙して喜ぶと思うから、期待しててね』
『(泣くほど酷い目に遭うのか、オレは……)』
ちょっと心構えも必要かも知れないと思って教室で待っていたんだけれど、一向に彼女が来ない。
どうしたんだろうかと思って教室を出たら、顔色が真っ青な彼女がいた。今にも倒れそうだったから抱え上げて、急いで保健室へと運ぶ。
どうして倒れそうになったのか、その原因は『信じたくないことを見たから』だと言う。
『(裏切られたら……)』
彼女も、オレのことを知ってしまったら、こんなふうに倒れてしまうのだろうか。
『(はは。そんなに、彼女と関わったわけじゃないのに……)』
それはもう、一方的にオレが知っているだけで。
あまりにもつらそうな彼女の手を握り、頭を撫でていたら、オレの手が綺麗だなんて言う。……それは、あなたがオレのことを知らないだけだというのに。反対に彼女は自分の手を汚いと言う。確かに、そう思ってしまうのもしょうがないかもしれない。
『(でもそれは。無理矢理、知らない間に汚されてしまったものだ)』
顔に影が差す彼女を元気にしてあげたくて。不服だが、以前に九条に課題の礼にと少し教えてもらった手品を、ほんの少しだけ披露した。
『(あなたが『信じられないことを見て』、そんなふうになってしまったのなら)』
それを見せて、あなたを笑顔にさせてあげたい。
その時は笑ってくれた。でも、またさっきのを思い出すと、今にも泣き出しそうな声で話し出す。
『(どうして泣かないんだ……)』
泣きそうなのに、絶対に涙を見せないと堪えている。その姿がすごく。痛々しい。
泣かないと決めたと言っても。出してしまわないと。あなたが、今にも壊れてしまいそうだ。オレの前では泣けないと。迷惑を掛けたくないと。巻き込みたくないと。そう言って、……こんなオレを庇おうとする。
『……泣かないあなたをこんなにも助けてあげたいと思う私は、あなたにもう、十分巻き込まれていますよ』
何も聞きません。だから今は、壊れてしまう前に泣いてください。
『(だって。オレはもう。ずっと前から、あなたに巻き込まれてるんだから)』
ずっと前からもう。なんとかしたいって。……そう思っていたんだから。
『(理由なんて聞きません。だから。……どうか)』
この、偽ったオレの前では。好きなだけ泣いてください。
……助けてあげられなくて。ごめんなさい。だから、……せめて。
『(こんな汚い手で。偽ったオレで。あなたの涙を拭うことを。どうか許してください)』
あなたをそこまでにした、大事な人にはなれなくても。
『(オレはいつでも。あなたを見守っていますから)』
しばらくしたら、彼女から力が抜けた。泣き疲れてしまったのか、無邪気に目元を腫らして眠っている。
『(すみません、あおいさん。このあと行くところがあるので)』
彼女を横にしてあげたあと、頼まれていた集計表を枕元において。
『……これは私からあなたへ。どうか、その方との絆を信じてください。その人を信じて差し上げてください。あなたのことを誰かがどこかで、きっと守ってくださいますから』
あなたの大切な人なんだ。その人を信じてください。きっと、大丈夫ですよ。
『(あなたの見えないところで。オレもあなたのことを、見守っていますから)』
橙色の薔薇も一緒に枕元に置いて、眠る彼女の頭を一度撫でてから、保健室を出た。



