『……レン。なんかいいことでもあったの』
その日、九条にそんなことを聞かれた。
『え? どうしてそんなこと聞くんだ?』
『なんか。いつもより空気がやわらかい、気がする……』
やわらかい……?
『……何も、ない』
それは、偽ってるからだ。本当のオレじゃない。
彼女の前では『オレ』にはなれない。常に、『私』でないと。
『……近づくなら。早い方がいい、か』
オレは、急いでスマホのアドレスを変え、放課後彼女のクラスへと行った。
『失礼します。道明寺先輩はまだいらっしゃいますでしょうか』
それから軽く話をして、連絡先を交換し合った。
『ありがとうございます。……よければ今度、お茶でもどうでしょうか』
偽ったオレなら、スラスラ言葉だって出てくる。
『……はい。とっても楽しみです』
『それは。……よかったです』
学校で見ている、仮物の笑顔なんかじゃない。何でかなんかわからないけれど、彼女はオレに、本当の笑顔を向けてくれていた。
『……レン、そろそろ限界かもしれない』
流石に限界らしくて、今すぐに情報を渡せと言われた。もうオレが何かを知ってるんだと、バレているらしかった。
『(……情報って。オレは……っ)』
必死に言葉を選んだ。家が、彼らを傷つけてしまわないように。また彼女が、つらくならないように……。
『……報告、します』
まだ確定ではない。でも生徒会という立場から、接する時間が長い分、もしかしたら『彼ら』と打ち解ける可能性もあるかも知れないと。
『そう。……じゃあ少し、様子見といこうかしら』
生徒会のメンバーは、何故か一年の奴らも修学旅行に便乗して行っていた。彼らが帰ってくる前にそう報告をしたら……。
『(様子見って。彼女の自由を奪ってるじゃないか……)』
いや、彼女だけじゃない。執事の自由もだ。彼に盗聴器が着けられてしまい、彼女にもより一層、仮の笑顔が着けられていた。
『(すみません。……っ、オレの、せいで……)』
でも家は、それだけでは終わらなかった。
12月に入っても、またすぐに警告が来た。アイさんやカオルは学校が違うから、オレが動かないと何もかもが危なくなる。
『はあ。……嫌ですね』
『レンくん……』
『でも、流石にこのままもよくない。わかってます。それはもう、……ちゃんと』
だったらもう。……やるしか、ないじゃないか。
『……クリスマスパーティー、でしょうね』
そこに狙いをつけて、また彼女を傷つける。そうしたら、またしばらく休みをもらおう。……その繰り返しだ。
『レンくん。今回はぼくもお手伝いさせてくださいねえ』
『俺も。行けないから、最後はどうしてもレンに任せてしまうことになるけど、手紙は俺らが作るから』
『……すみません。二人とも』
一緒に背負っていこう。この、最低な罪を。分け合おう。



