すべてはあの花のために❾


『……。はあ。無理だ……』


 あんなことするなんて。……最低だ。


『……。すみ。ませんっ……』


 ただ、謝ることしかできなくて。


『(……。すみませんっ……)』


 学校で彼女の姿を見ても、心の中でしか。謝れなかった。



『……レン。大丈夫……?』

『大丈夫じゃありません……』

『レンくん。そうなるんだったら、せめてぼくが手紙を書いたのに……』

『思い出したくないです……』

『『重傷だなあ……』』


 いっそのこと、楽になれるなら死にたかった。でもそれは、目の前の二人が許さないだろう。


『……しばらくは。無理そうです……』

『うん。……十分だと思うよ。十分すぎる』

『レンくん? だから少し、休憩をしましょう?』


 二人に甘えて、彼女への接触は少し中断することに。家の方にも、二人と、あとコズエさんも話をしてくれたみたいで、ほんのひとときの間、オレはすべてを忘れることにした。


『…………っ』


 でも、彼女を見かける度に思い出して。一人で悩んで。苦しんで……。


『……どう、したらいいんだ……』


 朝、登校しに行こうと思ったが、彼女がいると思うとなかなか足が進まなくて。結構ギリギリになってしまった。


『はあ。いっそのこと、もう彼女に言ったらスッキリする――』


 そう思ったけど、それが怖くて、足が勝手に学校とは違う道へ進もうとする。そうしたら、向こうの路地を曲がってきた女性とぶつかってしまった。



『んっんーんっ!!』

『(え……)』


 ぶつかったのは、今ずっと考えてた人で。謝りたいと思ってた人で。……何故かパンを咥えてた人で。


『――ごめ』


 あ。……でも、ダメだ。オレじゃ……。


【(……偽って、でも……)】

『(……偽って……)』


 ――カチリ。スイッチを切り替える。まずは、……そう。


『す、すみません。大丈夫ですか?』


 謝ることから。オレははじめよう。



 すると何故か、オレが話す度に彼女がいちいち大きな反応をする。


『す、すみません……』

『いえ。私は大丈夫ですよ』


 彼女を助け起こしたら、思っていたよりも軽くてつい引き寄せすぎた。


『(ああ。アイさん。こういうこと、なんですね……)』


 オレも思った。今、目の前にしている彼女と。……偽ってでも、話したい。近づきたいと。


『先輩、急ぎましょう』


 偽りでもいい。ほんの少しでいい。……もう少しだけ。あなたといたい。



 手を取って走り出したのはいいけれど……。


『はあ。はあ。……っ、はあ』

『だ、大丈夫ですか?』

『(あ、アイさん。こういうこと、だったんですね……)』


 女性よりも体力がないとなると、どうしてこうも恥ずかしいのか。


『あなたのおかげで、間に合いました。ありがとうございます』


 こんなことで。お礼を言ってくれるのか。こんなことで。あなたはオレなんかに。笑いかけてくれるのか。


『あ。……すみません。あなたの笑顔が見られて、嬉しくて』


 嬉しかった。本当に。……嬉しかったんだ。
 だから、ここで終わりなんかにしたくなかった。


『道明寺先輩!』


 気づいたら、そう叫んでた。


『1-Sの月雪蓮と言います。よければまた、お話しさせていただけないでしょうか』


 そう言ったら、彼女は。


『……はいっ。それでは、また』


 そうしてまた。オレなんかに笑顔を見せてくれた。


『……もっと、見たかった』


 でもオレは、彼女を傷つけることでしか守れない。


『偽っていたら。また。笑ってくれるだろうか……』


 偽りでも、彼女に近づけたことが、この上なく嬉しかった。