それからお菓子工場に行ったんだけど……。


「ちょっ、……アキくん。ほんと、頼むから落ち着いてよ」

「ふんっふんっ!」


 鼻息を荒くしながら、工場内を見られるガラスから全然離れようとしないし、離れたかと思ったら暴走し出すから。


「鼻フック一本背負いぃぃぃー!!」

「――……ッ!?!?!?」


 どうやら、声に出ないくらい痛かったらしい。
 そのあと、のたうちまわりながら、「鼻がなくなる鼻がなくなる」って。ずっとぼそぼそ言ってた。あれで逆になくなってなくてすごいなって思った。まあアキくんに技を仕掛けたところも、ばっちり動画に収めさせてもらいましたけど。

 そのあと、白い大きな灯台のある岬へとやってきた。


「……夕日、か……」


 日が、沈んでいく。あいつの、大好きな太陽が。


「でももう、月が出てる……」


 西の空が橙に染まる頃、東の空は暗闇に。そしてそこには、闇を照らしてくれる白い月。
 ふと視線を横にずらすと、沈む夕日と何かを翳し、一生懸命悩みながら写真を撮るあいつがいた。


「写真撮るの?」


 どうしてまた、そんなことをしているのかと思ったら、トーマにあげるらしい。ちょっと、つまんなかったけど。でも、困ってるんなら放っておけない。
 画面を覗き込んだら真っ黒だった。完全に逆光だし。でもオレのスマホだったら、カメラの性能いいし、ちゃんと綺麗に撮ってあげられるかも。……まあ、トーマにやるのはちょっと嫌だけど。

 それでも、こいつが喜んでくれるなら。別にこれは、『願い』でも何でもないから。


「じゃあオレが撮ってあげる」


 別に、見えないところで助けてあげる必要はないし、これぐらいなら。トーマにあげるのはやっぱり嫌だったけど、なんかプライドが許せないんだよね。

 どうせならこいつの、一番綺麗な写真を。
 そう思ってカメラを構えたら。笑ってって言ったら。夕日に照らされてても。陰ってても……綺麗で。

 指が。動かない。
 たとえ、その笑顔がオレに向けられたものじゃないとしても。それでも、写真なんかじゃなくて。ありのままのあいつを。もう少しだけ。……オレの心で見ていたい。

 今まで撮れなかった。いつもずっと。泣いてたから。
 今までずっと、撮ってた。こっちなんて。向いてないのに。

 ……でも。今は。笑って。こっちを向いてくれていた。
 やっと。オレのレンズの中に。笑顔の綺麗な花の妖精を、収めることができた。


「(レンズというかスマホにだけど……)」


 撮り終わった音が聞こえたのか、あいつがこちらへ嬉しそうに駆けてくる。


「え。わたしメインになってる」


 そりゃオレが撮ったんだから、そうなるに決まってるじゃん。
 ……でも、ほんと自信作。綺麗に撮れたと思う。上手だと、こいつにも褒められてちょっと嬉しい。


「あんたもいる? この写真」


 オレがそう言ったら、いらないと。オレからトーマに送ってくれと。写真を見ながらそう、小さく笑って寂しそうに言うもんだから。


「人に持ってもらえるだけで、わたしは嬉しいから」

「……わかった」


 撮ろうとしたら嫌がられたと、花咲の人から聞いた。きっと、自分を残しておくことが嫌なんだろう。


「(人だけじゃない。ちゃんと自分が、大丈夫だって。そう思ってないと)」


 その、自分が消えない証として。ちゃんと持っておけばいい。……ちゃんと。信じて待ってて。
 そう思いながら……というか、なんというか。取り敢えず、トーマにオレから送りたくないってのは言わないことにして、あおいに写真を送った。


「……トランプの、ピラミッド……」


 まあさっきのはトーマにもあげないけど、こいつもいらないって言ったからね。オレが止めてたら、トーマには行かないでしょ。ていうかやらないし。


「(これも隠し撮りだけど、マジここまで作るとかすごいし。記念にね)」


 きっと、これは自分が写ってたとしても、記念に持っておいてくれると思ったから。これも自信作。上手く撮れた自信がある。