……話して、くれるの? オレに……?
そう言いながらあおいは、何を考えているのか。ゆっくりと空に……いや。空に浮かぶ、太陽へと、手を伸ばす。
「お日様を、取り戻したいなって」
「……お日様? 取り戻すってどういうこと?」
……っ、なんでそこで、名前って。名字って言わないのさ。
でも、そこを問い詰めることなんてできなくて。なんとか引き出すので精一杯で。
「こんな話を聞いてもつまんないよ」
「つまんないかどうかを決めるのはあんたじゃない」
ほんの少しでもいい。一欠片だけでもいい。オレは、あんたの口から。あんたのことが……。本当の真実が、知りたいんだっ。
オレの必死さが伝わったのか、あいつは小さく儚く笑って、話をしてくれる。
「……そしてもうすぐ、花がどうやら開きそうです」
小さな芽が蕾になって、人にもらわれて花が咲く。それは小さな芽の、とっても綺麗に花が咲く物語だ。
「(……動揺するな。治まれ)」
聞くだけでイライラした。悲しそうな顔をしてるくせに、なんでそんな、綺麗に話を作るんだ。必死に、あいつの見えないところで握り拳を作る。爪が皮膚にめり込む。
「(なんでもう。それが当たり前で。綺麗な話しとして。終わらせようとしてるんだ)」
信じて。待っててって。言ったのに……。
「でも、蕾はまだ花を開きたくはありません」
でもあおいは、また太陽に手を伸ばした。
「……どう、して?」
声を、出すつもりなんてなかった。でも、出てしまった。
オレの驚きの小さな声を聞いて、あいつがクスッと、小さく笑う。その、ほんの少しの仕草さえ、体が勝手に動こうとする。
「ここまで大きくしてくれた人のために、花を開かせるべきだということはわかってます。でも蕾はまだ、そうしたくないのです。だって、たくさんの花たちに会えて、蕾は変わりたいと思ってしまったから」
変わりたいって。本当にそう、思ってくれてるんだ。
「だから蕾は、お月様を信じることにしました。必ず自分の太陽を取り戻すと、蕾自身も、もう少し足掻こうと思います」
月は必ず、助けてくれるよ。あんたの太陽を。……名前を。
そのあとあおいは、伸ばしていた手を下ろし俯く。その顔に、寂しそうな影が差したかと思ったら。
「日向って、いい名前だね」
と。そう、呟いた。
「え?」
……いい、なまえ……?
……朝日。……葵。……向日葵……。日向……。
「だって、自分の名前にお日様がいるんだもん」
「……オレは、あんまり好きじゃないけど」
だってオレには似合わない。こんな名前。だってオレは、日陰の存在なんだから。
「そうなの? でも、大事にしたらいいと思う。ヒナタくんは、お日様みたいに人を明るくしてあげられる人だから」
「え。本気で言ってる?」
まるで。あの頃言われたことと、一緒じゃないか。なんで、あんただけはオレのことを『太陽』だって。……そう、言ってくれるんだ。
そうしたら、すっごい嬉しそうに。でも、やっぱりどこか少し悲しそうに。
「うんっ。もちろんだよ! わたしにも、その日の光を分けて欲しいくらいっ」
……そう。言うもんだから。あの頃に、戻れたような気がして……。
「――だったらオレがあんたの太陽になる」
そう。……口走ってしまった。
多分、聞こえてなかったんだと思う。目の前のあおいは、ほんの少し首を傾げたから。
そしたら、向こうからみんなが来たのが見えた。
「ヒナタくん! みんな来たみたいだよ! 次はお菓子工場の見学だっけ。楽しみだね~」
そう言ってあいつは、何事もなかったかのようにみんなのところへ駆けて行った。
「(……なに。口走ってんの)」
聞こえてなくてよかった。ほんと。……ほんと、ほんとっ。
「(揺らぐとか。なに。……もうぶっ飛んだんだけど)」
みんなのところへ戻る前に、必死に顔を。鼓動を元に戻した。



