すべてはあの花のために❽


「いってらっしゃい。はるちゃんっ」

「え?」


 オレが中学に上がったある日、母さんがオレにそう言ってきた。


「あ。……ご、ごめんなさい。いってらっしゃい、ひなちゃん」

「……うん。行って、きます」


 驚いた。何がって、流石にそれは間違いようがないからだ。だってもう、ハルナはここにはいないんだから。
 でも、それはだんだんとエスカレートしていった。


「おかえりはるちゃんっ。あ! 今日はつばちゃんもいるんだあ~」

「え? ……か、かあさん?」

「いいんだツバサ」


 ある日を境にして、もう母さんは自分の中からオレのことを消した。
 これでいい。罪悪感が、少しずつ薄れていくような。そんな感じがしたから。


「いいわけあるか! ……母さん? こいつは日向だ。陽菜は四年前に死んだだろ……?」

「……ひなた。死んだ……」

「ツバサ。オレからも頑張って言ってみるからさ。母さんのことはオレに任せて、そっちは父さん頑張れ」

「いや、でも……」

「……とう、さん……」

「オレなら大丈夫。任せておいてよ」

「……なんかあったら、絶対言えよ」

「……はる。ちゃん……」


 それからその日は、無理矢理ツバサを帰らせたけど……。


「……母さん? 大丈夫?」


 もう、母さんの体は蝕まれていたんだ。


「――――!」

「っ、くう……!?」


 がしっと、髪の毛を掴まれ、壁に押しつけられる。


「……か、あさ……」


 どこから、こんな力が出てくるのか。


「……なんで。わたしが……」

「……っ、かあ、さん」


 俯いている母さんの声は、聞いたこともないくらい低くて……。


「どうして。……わたしが責められないといけないの」

「……かあ、さん」


 ガラガラ……と。オレの中で、何かが音を立てて崩れていく。


「あの人を。支えていこうと。思ってたのに……」

「……かあさん」

「なんで。……ここに、はるちゃんはいないの」

「……!」


 顔を上げた母さんの瞳はもう、曇っていた。


「……ぜんぶ、あなたのせい」

「……うん。そうだね」


 ガラガラと。崩れていったのはきっと、罪悪感。


「全部あなたのせい! はるちゃんが死んだのも! あの人から責められたのも! 全部……!!」

「……っ、う、ん。そう、だね」


 だんだんと、母さんの目に殺意がこもっていく。
 ……それでいい。もっと責めてくれ。オレのことを。


「はるちゃんを返せ! とうせいさんを! ……返してよ!!」

「っく……」


 掴まれている頭を振り回されて、ブチブチと髪の毛が抜ける音が聞こえる。禿げたら絶対みんなに笑われるしって、なんでかこんな状況でも冷静に思ってた。


「ここははるちゃんとわたしの家だ! 出てけ!」

「……うん。わかった」


 そう言われて出ていこうとしたけど、また母さんはおかしくなる。


「おかえり~はるちゃん」

「……ただ、いま……」


 自分の罪を。罪悪感を消せるなら、母さんの中から自分を消そうと。……そう、思った。