すべてはあの花のために❽


「え。……そ、そうなの……?」


 オレがハナに会いに行けなくなっていた時、アキくんから『おかしくなっても見て見ぬ振りをして欲しい』と言われていた。
 そんなの、おかしくなるなんてこと止めるに決まってる。でも、そんなに感情を表に出さないようなアキくんの涙で、そんなこと言っていられなくなった。


「(……アキくんのことも、止めてあげたい……)」


 聞かされた時、『見て見ぬ振りをしてくれ』と言われたけど、オレは何かあってもいいように、助けになれるようにはなっておきたかったんだ。


「アキさ、めっちゃ甘いもん食うようになったんだよ」


 別居をしてもツバサは時々ウチにレッスンを受けに来てた。
 ……おかしくなるって、そういうこと? でも、それを言ったあとから着けだしたあの左耳も、オレは気になっていた。


「それから、……あんまハッキリとはわかんねえけど、時々ぼーっとしてる」


 なんだかんだでハルナの、オレの兄だ。見えないことはないんだ。ただ、一番近い距離のところが見えにくくなってるだけで。


「おかしくなるって、そのことなのかな……」

「わかんねえけど。……ちゃんと見とくよ、あいつのこと」


 早く父さんのことにも気づけばいいなって、そう思った。


「母さん。眠気覚ましってなんかない?」


 小学校には流石にSクラスとかはなかったけど、最後の成績で中学校はクラスが振り分けられるから、一応ハナのことやキサのことを調べながら勉強もしていた。
 あ。普通逆だけどね。あれから超負けず嫌いを発揮して、英語とかめっちゃやったもんね。オレ、やればできる子だから。


「え? ……どうしたの? ひなちゃん」


 時々ハルナの荷物を見て、ぼうっとしている母さんの気を紛らすことも、オレにとっては重要な役目だった。まあ、一番言いたかったのは、オレのことを責めて欲しかったことだけど。
 思い出させたくないなっていうのもあったから、オレはもう何も言わなかった。……ずっと、誰にも気づかれない罪悪感を、一人で背負っていこうと思った。


「夜勉強するのに眠くなるからさ、それ対策に」


 って言うのは建前で、調べ物するためにだけど。


「……あんまり夜遅いと、成長止まっちゃうよ? 寝る子は育つって言うでしょ?」

「そんなに遅くなんないよ? だって次の日学校あるし」


 ま、その学校で爆睡だけどね。


「う~ん。……だったら、コーヒー飲んでみる?」

「うん。飲んでみる」


 ものは試しだ。それに、父さんも母さんも中毒みたいに飲んでるし。


「はい、どうぞ?」

「ありがとう」


 うん。好きな香り。匂いだけで癒やされる。


「…………」

「あはっ。顔が歪んでるぞ~?」


 超絶苦かった。しかもブラックじゃん。いじめでしょ、はじめて飲むのに。


「慣れるまでは、ホットミルクにスプーン一杯とかにしたらいいかもね?」

「……うん。そうする」


 でも、なんだかちょっと大人になった気分。
 それからオレは、母さんが寝たあとも夜中一人、最初はミルクいっぱいのカフェラテ片手に勉強をしたあと、大半をハナとキサのことに時間を費やした。

 時々ヒイノさんやミズカさんからも連絡は来たけど、二人もやっぱり調べるのは難しいみたいだった。
 二人から聞いたこと。絵本に書いてあること。ハナの名前の絵。自分が知ってることを、紙に書いてまとめてみたりしたけど……。


「(……あー。もっとなんかいい方法ないのかなー……)」


 どうやったって、それ以上わかることなんてなかった。