すべてはあの花のために❽


「なんかさ? 今までとさ、見方が変わったんだよ」

「え?」


 バサッと後ろに寝転んで、トーマは話し出す。


「いつもみてた景色とかもさ、ちょっとちがった視点からみるだけで、ちょっとおもしろくなる」

「………………」


 そう言われて、自分も後ろに寝転ぶ。見上げた空はいつもと同じ。真っ青で変わらない。


「あの雲とかさ、おまえはなににみえる?」

「くも」

「いやまあそうだろうけどさ。……そうだな。俺は、人の横顔にみえる」


 そう言って、指を差しながら、その雲を縁取る。


「うわ~……。せんすないね」

「だったらおまえは?」


 そう言われても、困った。だって、どうやったって雲だし……。
 ふと、手に持っているトーマのカメラでその雲を覗いてみた。


「……あ」


 なんでだろう。今、すごいトーマの言ったことがわかった気がした。


「……どうした? ひなた」

「……とーま、あれ。がいじんのよこがお」

「え?」

「だって鼻たかい。ぜったいそう」


 カメラ越しに、その雲を見つめながらオレもその雲を縁取る。見ていた世界が、少し変わった気がした。


「……そうか。外人かー」


 オレの言ったことを、茶化しもせず一緒になって考える。


「そうだな。日本人はあんなに鼻は高くないもんな」


 そう言って、嬉しそうに笑うんだ。……大人だなって、思った。


「おまえさ? はるなとか、父ちゃん母ちゃんとか、つばさとか。俺ら以外に興味ないだろ?」

「ないね」

「俺らのことは好きだから、いっつも見てるだろ?」

「ごへいがあるね。かんさつしてるんだよ」

「うん。まあいいけど。……きっとさ、これで今までの見方、かわってくるよ」


 そう言ってトーマは、未だにオレが持ってたデジカメを指差す。


「それでさ、おまえの好きなもん探すといいよ」

「え。きもちわる……」

「でも変わっただろ? 見方」


 楽しそうに笑う。言わなくても、オレのことわかったみたいに。


「今までみてたのをさ? そっからみるだけで、ちょっとかわるんだよ」

「…………」

「今まで興味なかったものが、すげー気になったりする。……たのしいよ? カメラ」

「……うん。そうだね」


 見て、みたかった。雲以外にも、変わるものがあるのかどうか。
 見てみたかった。何が、変わるのかを。

 ……見たかった。レンズ越しにある、自分の見方が変わった世界を。


「それ、かしてやるよ」

「くれないの」

「やれねーよ! ほしかったら買ってもらえ!」

「……うん。ほしい」


 素直にそう言うオレに、トーマの目がきょとんとする。
 そんなトーマを横目に、オレはまたそのカメラで、レンズの向こうの世界を見ていた。


「……好きになれそうか? カメラ」

「とーまよりもうまく撮るよ」


 そう言うオレに、トーマは嬉しそうに笑ってくれた。
 なんだか照れくさかったけど。でも、そのおかげでオレの、今までの世界の見方とか、考え方が少し変わった気がした。