それから家の中に通されて、あたたかいココアを入れてもらった。
「外は寒かったでしょう? 一人でここまで来たの? お家はどの辺?」
「……電車で。二時間くらい」
「遠いところから来たな~」
「あ。……さっきはその。すみません」
オレが謝ると、ミズカさんはなんだか嬉しそうに笑ってぐしゃぐしゃと頭を混ぜ繰り回してきた。絶対にドMだと思った。
「……あ、の。ハナは……」
「はなっていうのは、その絵本をくれた女の子のこと?」
「……うん」
「そう。……名前は聞いてない、か」
「え?」
「……それってほんとに信じてるの? 子どもだし。男の子だし。ていうかどういう関係か知りたいし……」
「えーっと?」
「……それか、信じてるから。……大好きだから、名前を言いたくなかったか」
「えー……」
「あら。ごめんなさい? ちょっとあっちの世界まで行ってたわー」
取り敢えず、帰ってきてくれてよかったけど……。
「……わたしたちも信じましょうか。あなた」
「え……?」
「そうだな。あおいが信じた相手だからな」
「……あ、おい……?」
初めて聞いた名前だった。……でも。
「……ハナの。名前、ですか」
すとんと、しっくりきた。多分そうだろう。
「ええ。それじゃあ、あの子の話をしてあげるわ」
「……はい。教えてください。ハナのこと」
それからオレは、ハナが実の両親に捨てられて、拾われて大切に育てられ、引き取られたところまでの話を聞いた。
「……異常な、子ども?」
「あなたもあおいちゃんに会ったのなら、どこか思うとこはなかった?」
「そんなこと、思ったことなんて一度もない」
……なんだ、みんなして。
ハナのどこか異常?
かわいさ? うん、それはそうだろう。綺麗さ? それもそうだろう。これはほんとに異常だ。困るぐらいに。
ちょっと怒りがこもったオレの声に、二人は固まってしまった。
「ごめんなさい。怒らせるつもりはなかったの。それにわたしたちも異常だなんて思ったことはないわ」
「でもさっきそう言いました」
「それは、あおいが本当の両親にそれが理由で捨てられたからだ」
「え……」
『異常に頭がいいこと』
『異常に記憶力がいいこと』
『異常に運動神経がいいこと』
『異常に勘がいいこと』
「……頭が、いい……」
確かにロシア語とか知ってるし、頭がいいんだなって思ったことはあったけど、それを異常だと思ったことはない。
でも、読んでいて気になってたことがたくさんあった。
「……あの。いろいろ、聞きたいんですけど」
「……どうぞ?」
「オレらで答えられることなら」
「じゃあ、『暴れる』って何ですか」
あれ。何でも教えてくれるって言ったのに。……答えられないのかな。
「……海での話を覚えてるかしら」
「はい」
確か、何かの代わりに命を助けてもらったって……。
「……あなたは、あおいちゃんが暴れてるところは見たことない?」
「オレが見ていたのは、ずっと泣いてるところだったので……」
「「…………」」
「ずっと、泣いてたんです。ひとりで。……それで、なんとかしてあげたくって、声かけて」
初めはハルナの姿を借りて、勇気を出して。
「……それから何度も会いました。遊びました。涙を止めてあげたくて。笑って、欲しくて」
最後はきっと、ありのままの、素の自分で。
「だから、オレが知ってるハナは、泣き虫で。でも笑ったらあたたかくて。時々面白いってことだけで……」
あ。……でも、名前を聞いた時言ってたな。
「……真っ黒な自分」
「「……?」」
「名前を教えてもらった時、オレが自分のことを真っ黒だって言ったら、ハナは自分の方が真っ黒だって。そう言ってました」
「「…………」」
「暴れるって、そういうことですか? だから真っ黒なんですか?」
オレがそう言うと、二人は顔を見合わせて、意を決したように話し出す。



