すべてはあの花のために❽


 チャイムを鳴らすと、女性の声で「あなたー。ちょっと手が離せないから出てもらっていいー?」と聞こえてくる。それに返事をする男性の声に、銃を構えた。


「はーい、どちらさま――」

「くらえ。水鉄砲」
(※中身はタバスコ)

「はあ!? いってぇええー……!!」


 完全に無防備だった犯人の目元を狙って射撃。
(※よい子は真似しないでね)


「え? どうしたのー?」

「目がああぁ。目がぁああー……!!」


 もう一人犯人を発見。……恐らく最初の声の女性だ。流石にかわいそうだから銃を向けるだけにしよう。


「あらあら。こんにちは?」

「(……あれ。ハナの雰囲気に、少し似てる)」

「ひのぢゃ~ん。目がああぁー……」

「ああもう! それなら目ん玉もう取っちゃいなさい!」

「(……いや、それ今より絶対痛い……)」


 ……なんだ? この人たち、犯人じゃないのか……?


「どうしたの? この辺の子じゃないわよね?」

「………………ーーして」

「「??」」

「……かえ、して」


 そう言いながらもう一度男に噴射するけど、今度は逃げられてしまった。


「……何を、返すの?」

「……目があぁー……」

「ハナを、……取り戻しに来た」

「目があああぁー……」

「花? ……お花なら、花壇にたくさん咲いてるけど……」

「目がああああー……!」

「……返してよ」

「目が」

「ああもう! うるっさあーい!」

「ぐへ!!」


 細い女性の腕のどこにこんな力があるのか。アッパーカットを繰り出して、男性は屍と化した。


「……ごめんね? これで静かになったわ」

「(……もうずっと静かなままじゃないのかな……)」


 そう言って女性は視線を合わせるように少し屈む。


「教えてくれる? 何を取り返しに来たの?」

「……ハナ、を……」

「はな?」

「……助けに。来たんだ」


 そう言うと、女性の目が見開いていく。


「ここに。いるんでしょ? ハナ。……会いたいんだ。お願いだから。返してよ……!」

「……あなた。もしかして」

「……? ひのちゃん?」


 いつの間にか起き上がって、目を洗ってきたらしい男性も戻ってきた。けど、こいつはヤバい。もう一回銃口を向ける。


「……あなた、名前は?」

「知らないの? 人に名乗る前に自分から名乗らないと。礼儀のなってない悪い奴なんかに言えない」

「……オレら悪者なんだって、ひのちゃん」

「悪者じゃなくても個人情報は守る」


 そう言うと、また目を見開く。……なんだって言うんだ。


「あ。……ごめんね。ちょっと今、懐かしくって」

「そうだな。……元気に、してるといいんだが」


 どこか懐かしむような、やわらかい表情をしている二人が。本当に、ハナを連れ去った犯人なのだろうか。


「……おねがいだ。ハナに。会わせて」

「……あなた、絵本を持ってるわね」

「え? ひ、ひのちゃん……?」


 こくりと、ひとつ頷く。


「そう。……ごめんなさい。あなたの会いたい人は、ここにはいないわ」

「……! じゃ、じゃあ。なんで。こんなの……」


 そう言って絵本を取り出す。


「わたしの名前は、花咲 緋衣乃。こっちは旦那の瑞香。礼儀がなってなくてごめんなさい」

「……くじょう、ひなた。です」

「そう。……ひなたくん。ちょっとお話しさせて欲しいことがあるの。それからあなたのお話も聞かせて欲しい。時間は大丈夫?」

「……はい。大丈夫、です」

「よかった。……取り敢えず上がって? わたしたちのことを、信じてくれるなら」


 そう言ってきた女性……ヒイノさんの目は、とても真剣で。ミズカさんの目も、……どこかつらそうな、そんな瞳だった。


「……もしかして、これを描いた人?」

「ええ。ここまで来てくれて、ありがとう。ひなたくん」


 そっと、やさしい腕に抱き締められる。


「(……あったかい……)」


 今はもう、あまり人に抱き締められることなんてなくて。つい、涙が込み上げてきそうになった。