すべてはあの花のために❽


「よかったねえ、やっと聞けて」

「うるさい」

「ははっ。……でも、そっか。はなちゃんかあ」

「…………」


 自分だけしか知らなかった名前。自分しか呼ばないはずだった名前。


「(……なんだろ。なんで、ちょっとムカついたんだ……)」


 よくわからなかった。
 そういえば最近、ハナといるだけで胸が苦しくなったり、あたたかくなったり、ちくちくってする時もある。


「(……はるななら、わかるのかな)」


 何でも知ってた。オレよりもよく。詳しく。
 そう思っていたら、ハルナが「どうした?」って聞いてきた。


「あ。……いや。なんでも、ない……」


 そう言うけど、ハナのことを考えただけで胸が苦しくなった。
 ぎゅっと胸元辺りの服を掴んでいると、ハルナが小さく笑う。


「……きっと、すぐに気づくよ」

「え……?」


 そう言って、ハルナは服を掴んでいるオレの手にそっと手を添えてくる。


「……わかるの。はるな」

「うん。だって双子だもん」

「い、いや。そうじゃなくて……」


 オレが、どうしてこんなに苦しいのか。ハルナは、知ってるんだろうか。


「……あのね? ひな」


 そう言って、むぎゅっと抱き締めてくる。ほんの少し、ほっとする。


「(……そういえば、ハナはもうちょっと細くてやわらかくて。……なんだか、いい匂いがした)」

「あの子のこと、大切にしてあげてね」

「え……?」


 いきなりそんなことを言ってきたから、どうしたのかと思った。


「な、……何、いきなり……」

「……あの子、泣いてない日はある?」


 ……無かった。いつも来たら、地面に突っ込んで泣いていた。


「……ううん。いっつも泣いてる」

「でもひなのおかげで、涙止まるようになったんだよね」

「……うん。ついてて、あげてる」

「うんうん。笑えるようになって、きっとうれしいと思うよ?」


「でもね」と、ぎゅっと抱き締めてくる手に、力が入る。


「それは、本当にあの子を助けてあげられたうちには入らない」


 ……わかってる。オレだって。
 だから、言ってもらえるくらい、信じてもらいたいんだ。

 それが伝わったのか、小さくハルナが笑う。


「うん! わかってるならよし!」


 骨が折れるくらい、思い切り抱きつかれた。


「だからね? ひなにあの子を助ける勇気が出るなら、いつまででもあたしのこと、貸してあげるからね」

「はるな……」

「でも、助けられたらちゃんと返すんだぞ~? じゃないとひな、オカマになるぞ~?」

「それだけはいやだ」


 オカマなんて、ハナに思われたくなかった。


「でも、いつかは言うんだよ。ちゃんと」

「え? なにを?」


 ハルナが、申し訳なさそうに笑う。


「自分が、男の子だってこと」