すべてはあの花のために❽


「……今日は、来る気がする……」


 実はヘタレを発動して、なかなか名前が聞けなかったり……。あれから何度か会ったけど、その度聞こうと思って、勇気が出なかった。


「……今日は、ぜったい来るから。……聞くんだ」


 そんな気がするだけだ。だったらいいなって、願望も入ってる。そして、できたらいいなって希望も。
 でもそんなことを思っていたらまた、だだだだーって音とともに、砂煙がやってきた。


「あ。またこけちゃった」


 そしてまたむっくり起き上がって、小さくなって涙を流す。


「(……なんで、泣いてるんだろう)」


 言ってくれたら、なんとかできるかもしれない。でも、何もできないかもしれない。


「(……言ってもらえるくらい、おれのこと。信じてもらえる、かな……)」


 そんなことを考えながらそっと泣いている彼女の横に座って、泣き終わるまでそばにいてあげた。


「(……落ち着いた、かな)」


 そしたらそっと彼女を抱き締めて、ふんわり笑ってあげる。


「……。なんで。ぎゅって。してくれるの……?」

「え?」


 しない方が。よかったのかな。


「……なんで。わらってっ。くれるの……?」

「(あ。『くれる』って言うんだから、いやじゃないんだ)」


 その言葉に、ちょっとほっとしたのと同時、嬉しかった。


「だって、笑って抱き締めてって言ったから」


 確かに彼女はそう言ってた。だから、そうしてるっていうのもあるけど……。


「(……でも。そうしてあげたいって。からだが勝手に動いちゃうんだ)」


 本音はこっち。自分でも、どうしてそうなっちゃうのかわからなかったけど。
 でもオレがそう言うと、女の子は嬉しそうに笑ってくれて。ぎゅーって反対に、オレに抱きついてくる。


 同時に、小さく心臓がとくんとはねた。


「(あれ?)」


 よくわからなかった。でも、ちょっと胸が苦しいのに、あたたかかった。

 それからまた、誰かの悪口を言って落ち着いた彼女に、今度こそ聞いてみることにした。


「ねえ。お名前なんて言うの?」


 彼女は何も言わず、黙ってしまった。


「それも言えないんだね」

「ごめんね……?」


 謝ることなんてない。聞いたオレが悪いんだし、誰にだって言いたくないことがあるって、テレビでやってた。


「(うーん。でも、ずっとこの子のこと、“あなた”って呼ぶもの変だしなあ……)」


 だったらオレが、あだ名をつけてあげようと思った。


「(……なにがいいかな?)」


 妖精さん、……は変か。お姫様、……ひめちゃん。うーん。どうしよう……。
 そしてふと、まわりに咲いてる花に目を向けた。


「(……そうだ。『何』のようせいさんか、『何』のおひめさまか。そっちの方がぜったいいい)」