すべてはあの花のために❽


「できたぜ! タキシー〇仮面!」

「だよね。やっぱり……」


 シルクハットも被って、ステッキも伸ばそうと思えば伸びるし。マントは流石にないけど……。


「本当にコスプレしてるみたいだね! 茜が喜びそう!」

「アカネにだけは会わないように心がけるよ……」


 不味い。アカネに会ったらコスプレが好きなのかと思われて、そういう会に誘われかねない。


「あー。……やっぱ行くのやめようかな」

「出たよヘタレ」

「だってしょうがないじゃん。怖いんだから」

「何言ってんの? 陽菜も借りたんでしょ? それから王子くんにも」

「……まあ、勝手に借りたけど」

「それでも借りたんだ。今どこからどう見たって、あんたは赤い蝶ネクタイを着けたタキシー〇仮面だ!」

「それもなんかやだ。……理事長に任すんじゃなかった。そうだよね、あの人なら絶対に面白がる」

「でもでも、その理事長のおかげで今、誰も日向だって気がつかないよ?」

「いや、これでバレたらバレたで、オレってどんな印象だったのかってその人のこと疑うよ」

「確かに……」


 それからしばらく、重い腰が上がるまでキサがついていてくれた。


「……キクは?」

「きっと日向みたいに、誰かわからないようになってると思うよ」

「すごいよね。そんな堂々と生徒たぶらかしてさ」

「……菊ちゃんもね、なんだかんだで葛藤してるんだよ」

「え? あれのどこが……」

「今までさ、やっぱり幼馴染みっていうのもいろんな人が知ってるじゃん? でも恋人ってなったら、どこまで触れていいか、距離を縮めたらいいかわからないんだって。もちろん自分のこともあるだろうけど、あたしがつらい思いとかしないように、あれでも気遣ってるんだよ」

「……ふーん」


 堂々と体育祭は、キサの家族と楽しそうに食べていた。それがキクのラインなのかも。二人では食べられないけど、家族と一緒なら……って。
 今までしてきた当たり前のことが、関係が変わるだけで大人でもわからなくなるんだ。それだけキサが、大事で大好きってことなんだろう。


「でも、今日は譲らないって」

「え?」

「誰かわからないんだから、生徒に混じってあたしと踊ってくれるって。あたしの我が儘、聞いてくれたんだ」

「……そっか」


 キクはもう大人だ。オレとハナにもいろんな障害……と言っても、オレが勝手に決めてるだけだけど、二人にも『年齢』『教師と生徒』という壁がある。


「どっちかがね、いろいろ我慢しないといけないことがあるんだ。勇気を出さないといけない時があるんだよ、恋愛って」

「キサ……」

「……でもね? どっちかが笑ってくれたら、両方が笑えるの」

「え……?」

「どっちかが悲しんだら、両方悲しい。恋人になったら、そういう気持ちが繋がる」

「……そう」


 ちょっと、そう言ってオレの背中を押してくれる。
 だから、気持ちを押し殺すなと。ハナの気持ちがわかりたいなら、そういう関係になれと。そう言ってきてくれる。


「……はあ。行ってくるよ」

「そっか。……頑張れ! 弟よ!」


 重い腰を上げて、更衣室の扉に手をかける。


「あ。でも、あっちゃんどんなドレス着てるかとか、仮面着けてるとかあたしわかんないや」

「大丈夫」

「え?」


 そんなの――。


「オレがあいつのこと、わからないわけないじゃん」


 自信満々にそう言ってから、部屋を出て行った。


「……言えるじゃん」


 本人の前で、そういう自信が出ればいいのにね。そう思う、お姉ちゃんであった。