すべてはあの花のために❽


『あおいちゃんが倒れたの』

「え……っ!?」


 でも予想と全然違ったから、寝転がっていたオレは一気に飛び上がった。


『……すごく冷たくなってたわ』

「……な、んで……」

『わからないけど、シャワー浴びたいって言われたから貸してあげたの。そうしたらあの子、服を着たまま頭から冷水を浴びてたの』

「……なんでまた……」


 そんなことをしたのか、取り敢えずアオイに聞いてみよう。


『ひなたくんなら、何か知ってるんじゃないかと思ったのだけど……その様子だと、あなたもわからないのね』

「…………」

『今朝はメールありがとう。あなたのおかげできちんと話せたわ』

「……オレじゃないですよ」

『え?』

「ちゃんと、連絡した子がいるでしょう?」

『……あなた、やっぱり……』

「ナズナさん」

『……何?』

「すくわれました?」

『え?』

「彼女に。すくってもらえましたか?」

『……ええ。お義父様もあの人も。もちろんあかねも。あたしも。……あおいちゃんに助けてもらったわ』

「あいつのこと、好きです?」

『え?』

「何かあったら助けてやりたいなって。……そう思えるくらいには、好きになりましたか?」

『……どういう、こと』

「できれば、先に答えていただければと」

『……もちろん。すくってもらったんだもの』

「本当に?」

『え?』

「もし彼女にとって、今日のことが必然だったとしても?」

『……何を知っているの』

「そうですね。……チガヤさんの足が、事故で動かなくなったわけでは無いことくらいは」

『――! なんで……』

「ナズナさん。オレはあなたに、味方になって欲しい」

『なるわ。必ず』

「……これは、たとえばの話です」


 そうしてゆっくり、話をした。


「たとえば昔、あなたの夫とその父を。襲った事件に関わっていた人が今、あなたたちをすくってくれたとしたら」

『――!!』

「あなたはそれでも自分を、自分たちをすくってくれたその人を助けたいと。……そう思えますか」

『…………』

「冷たくなってしまったあの体を、なんとかしてやりたいと。……そう思ってくれますか」

『…………』

「過去にどうしてそんなことをしたのか。……話を聞いてくれますか?」

『もちろんよ』

「……そうですか。よかった」

『ひなたくん。教えて』

「これはたとえばの話ですよ。ナズナさん」

『あなたは何かを知っているのよね』

「……知らないことはないですね」

『だったら……』

「でもこれは、オレの口からは言えません」

『今言ったも同然じゃないの……』

「言ったでしょう、たとえばと。……ということでナズナさん。今日から、オレの駒になってください」

『はい……!?』

「いいんですか? じゃないと今朝の……だけじゃないこともバラしますよ」

『……!?!?!?』

「というのは半分冗談で」

『半分は本気なのね……』

「ただオレは、あいつを助けたい。それだけなんです」

『ひなたくん……』

「ちなみに、今の会話は録音してあるんで」

『え』

「裏切ったりしたら。……オレは、マジで容赦しないですよ」

『それはないわ。安心して』

「……どうか、一緒にあいつを助けて欲しいんです」

『わかったわ』

「体、もう冷たくさせたくないんです」

『そうね。あたしも嫌だわ』

「……ナズナさんはただ、オレからの指示を待っていてください」

『でも、それは助けることには……』

「いいですか? あなたはオレの駒なんです。無茶は、して欲しくない」

『随分とやさしい棋士さんね?』

「あいつも、それを望んではいないから」

『……わかった。ひなたくんの指示を待っておけばいいのね』

「またいつか、手を借りたい時に連絡させてもらいます」

『駒なんだから、遠慮しないで?』

「(……どうしてこうも、オレのまわりの大人はやさしい人ばかりなんだろう……)」

『何かあれば、すぐに言いなさい』

「ナズナさん……」

『あなたもあおいちゃんも、あたしの子どものようなものなんだから』

「……っ、ありがとう、ございます」


 それから、このことは誰にも。チガヤさんにもアサジさんにも言わないことを約束してもらった。


「いつか必ず、あいつに事情を説明してもらおうと思ってます。嘘偽りない、事実を」

『……そう』

「ナズナさん。よろしく、お願いします」

『ええ。駒、楽しみにしてるわ?』


 そう言って、ナズナさんとの通話を終えたのだけれど……。


「楽しみにしてるって。……やっぱりちょっと変わってるよね」


 それから夕ご飯を作って、アオイから連絡が来るまでもう一眠りした。