推しは王子様だけど、恋したのは隣の君でした

 桜陽女子高は、夏休みに入った。

 七月も終わる夕方、凜花はベッドの上にうつ伏せになり、スマホでバンド動画を再生していた。

 すると、画面上に通知が表示される。朝陽からのメッセージだった。

「明日から上埜公園の夏祭り始まるよ。一緒に行く?」

 ――本当に誘ってきた。どうしよう。

 スマホを握る手が、少し汗ばむ。

 どう返信しようか迷っていると、再びメッセージが届く。

「三日目は、特設ステージの夕方の部に『ドラゴンフライ』が出演するから見に行こう」

 ――「ドラゴンフライ」。去年の夏フェスに出ていたバンドだ。

 それなら、純粋にライブを楽しみに行けばいい。そう自分に言い聞かせながら、指を動かす。

「ありがとう」

 すぐに朝陽から返事が来た。

「じゃあ、8月3日、15時に公園の南口で」

 メッセージのやり取りを終えた後も、スマホの画面を見つめたまま動けなかった。

 ――これって、普通の誘い? それとも……。

 夏祭り当日、凜花は、待ち合わせ場所へ向かった。

 公園には、浴衣を着た女の子がたくさんいる。凜花は、薄い黄色のブラウスにカーキー色のスカショーパン。華やかな色とりどりの浴衣姿に囲まれると、自分だけが浮いているような気がして、少し落ち着かなくなる。

 待ち合わせ場所に着くと、すぐに朝陽が見つけて手を振った。

「やっぱり夏祭りはすごい人だな」

 そう言って笑う朝陽の視線が、一瞬凜花の服装をとらえた気がした。

「実は、浴衣で来るの期待してたんだけどね」

 冗談めかした口調。でも、その言葉に、凜花の胸がわずかに騒ぐ。

「……だったら、先に言ってよ」

 少し拗ねたように返すと、朝陽は「まあまあ、次の機会があればね」と軽く笑った。

 そして、人混みの中を歩きながら、ふとつぶやく。

「でもさ、やっぱり浴衣っていいよな。凜花も似合いそうだよね」

 ――また、言われた。

 その言葉が、心の奥でゆっくりと響いていくのを感じながら、凜花は朝陽の横顔をちらりと見た。
 
   ◇◇

 凜花と朝陽は、屋台でコーラとポップコーンを買い、夏祭りの飾りつけや大道芸を楽しみながら、夕方の部の開始を待っていた。

 「夕方の部は17:00スタートだよ。そろそろ行かないと、いい場所なくなる」

 朝陽がそう言うなり、自然に凜花の手を引いた。

 「えっ……」

 驚いて声を上げかけたが、反応する暇もなく、気づけば特設ステージ前まで連れてこられていた。

 すでに多くの観客が集まっている。

 「ここがいい」

 朝陽が言い、二人は並んで立つ。

 ステージでは最初にご当地アイドルのパフォーマンスが行われ、会場は和やかな雰囲気に包まれる。

 そして、いよいよ『ドラゴンフライ』のステージが始まった。

 演奏が始まると、一気に空気が変わる。

 疾走感のあるギターリフ、熱のこもったボーカル、力強いドラム。

 ――さすが夏フェス出場バンド。

 凜花も朝陽も、音楽に身を委ね、自然と体を揺らす。

 やがて、朝陽が拳を上げるのにつられるように、凜花も手を掲げた。

 二人は、夏の夜の熱気の中、ライブを堪能した。