推しは王子様だけど、恋したのは隣の君でした

 凜花は、この四月に三年生になった華奢な女子高生だ。手入れの行き届いた黒髪を胸下まで伸ばし、前髪を眉のあたりで切りそろえている。

 ゴールデンウィークが始まる前日、帰り支度を済ませた凜花は、スマホでSNSを確認した。その瞬間、タイムラインに表示された「桜影」のライブ予定が目に入る。ゴールデンウィーク明けの土曜日、「Beat Cellar」でライブをするという告知だった。

 ――桜影は、卒業後もバンド活動を続けていたんだ。

 心臓が高鳴る。

 ――行かなければ。

 そして迎えた土曜日の午後。凜花はライブハウス「Beat Cellar」に足を踏み入れていた。もちろん、お目当ては「桜影」だ。いつもなら、真琴推しの仲間たちと一緒に来るのだが、クラス替えしたばかりで約束を取りつける暇がなかったため、今日は一人での参戦となった。

 場内はすでに熱気に包まれている。二番手のバンド演奏が終わり、ついに「桜影」のステージが始まる。ドラムの真琴、ギターの樹里、ボーカルの詩音、ベースの早紀――七か月ぶりに「桜影」のメンバーがステージに立つ。

 凜花は期待に胸を膨らませながら、食い入るようにステージを見つめた。

 真琴が立ち上がり、スティックをくるくると回す。

「待たせたな。桜影、ここに参上!」

 低く響くその声に、観客席から割れんばかりの歓声が上がる。

「真琴せんぱーい!」

 凜花も声を張り上げた。その瞬間、すぐ隣からも「まこと~!」と負けじと声援を送る声が響く。

 驚いて横を見ると、青年が立っていた。

 背は凜花より十センチくらい高いだろうか。女の子のようにも見える整った顔立ちに、ライトブラウンのやや長めの髪を無造作にセットしている。

 彼は演奏中も、凜花とまったく同じタイミングで声を上げ、同じように拳を振り上げる。その様子に、凜花は不思議な一体感を覚えた。