花火大会の日、凜花は朝からそわそわしていた。

「友達と花火大会に行くから、浴衣出してくれない?」

「あら。浴衣を着て行くなんて、久しぶりじゃないの」

 母はタンスの奥から、保管用の紙に包まれたままの浴衣を取り出し、そっと手渡してくれた。

 包み紙を外し、浴衣を広げる。鮮やかな藍色に、小さな花模様があしらわれている。

 ――浴衣を着るのは、中学生のとき、家族で花火大会に行った以来だ。

 スマホを開き、浴衣の着付けを説明する動画を再生する。

「私、なんでこんな面倒なことしてるんだろう……」

 ぼやきつつも、帯を締める手に力が入る。

   ◇◇

 待ち合わせの場所は、駅の改札口。

 浴衣姿の女の子たちが次々と改札を通り抜けていく。その中に紛れて、凜花は朝陽を探した。

 すると、向こうから手を振る姿が見えた。

「お、浴衣着てきてくれたんだ」

 朝陽が笑顔で近づいてくる。

「朝陽が、浴衣、浴衣って言うから」

 どこか拗ねたように答えると、朝陽は「似合ってるよ」とさらっと言った。

 その一言に、なぜか胸の奥が少しだけ熱くなる。

 電車に乗り、花火会場の最寄り駅で降りると、改札の向こうにはすでに多くの人が列を作っていた。

 人波に流されるように、二人は花火会場へと向かう。

   ◇◇

 夜空に、最初の花火が打ち上がった。

 ヒューという笛のような音が響き、鮮やかな光が弾ける。

 ドンッと短い爆発音。その余韻とともに、煌めく火の粉がゆっくりと夜空へ溶けていく。

 次々と小さめの花火が連続で打ち上げられた後、一瞬の静寂が訪れた。

 その瞬間を捉えて、凜花はそっと口を開いた。

「ねえ、どうして私を誘ってくれるの?」

 隣に立つ朝陽が、少し驚いたように視線を向ける。

「……初めて会ったとき、真琴に彼氏がいるって話してくれたよね。そのときの君、失恋した女の子みたいだった」

 再び花火が打ち上がり、空いっぱいに大輪の光が咲く。

「つらいのは分かるけど、乗り越えなきゃって思ったんだ。同じ“真琴推し”としてね」

 花火の音にかき消されそうになりながらも、凜花は朝陽の言葉をしっかりと受け止めていた。

 ふと、朝陽の顔を見上げる。

 夜空を彩る赤や緑の光が、その横顔を静かに照らしていた。