目の前に彼の顔があって、少しでも動けば、触れ合ってしまいそうだった。
「(べ、別にそんな顔してないんですけど……?!)」
言いたい。言ってやりたい。
でも、動かそうものなら絶対当たる。そして、後ろは扉なので逃げられない。
「(やばいぞ。どうするこの状況。……蹴る? で、でも、お披露目式の時に蹴っちゃってるから、それは可哀想。……殴る? いやいや。こんな美少年殴りでもしたら、読者様全員敵にまわすって。……それじゃあ頭突き? ……いや、頭突きする前に絶対当たる。ええー……。どうすればいいんだよおー……)んんんー……」
「……?」
唸った。葵はそんなことを考えながら唸った。
「はあ……」
ヒナタはそっと体を離した。
「(お! 唸り攻撃が効いた?!)」
「いや、別に効いてないけど」
「え?! 漏れてる!」
「……そんなにいやなんだ」
「ん? なに? ひなたくん??」
「いや、なんでもない」
でもどこか拗ねたような、悲しそうな顔をしていた。
「えっと。……会話。決まった?」
「……ごめん」
「え? か、会話とは……」
「ごめん」
会話以前の問題で、何を謝罪されているのかさっぱりわからない。
「え、えっと。……なにが、ごめん……?」
「ぜんぶ」
「……ぜんぶ?」
「そう。……ごめんね」
ヒナタは両手で葵の頬を包み込む。
「えーっと。……わたしも、その。……ごめん」
「……? 何がごめん?」
「全部。……全部ぜーんぶ。ごめんなさい」
「…………」
「ネクタイ、ぶん投げてごめん」
「…………」
「思い切り蹴って。……ごめん」
「(やっぱり思い切りだよね。めっちゃ痛かったもん)」
「ヒナタくんのこと無視して。……ごめん」
「…………」
「いっぱい。話しかけてくれたのにっ。……そばに。いてくれたのに。……ごめんなさい」
「…………」
「……っ、もう。これで最後。だからね……?」
「え。何、言っ――」
どういうことかと尋ねようとしたら、葵に頭をぐっと抱き抱えられた。
「(えっ。ちょ。……この体勢は。いろいろキツいって)」
「ごめん。ごめんね、ひなたくん」
「え。……どうしたんだって、だから」
「いろいろ、ありがとう。今度はちゃんとみんなでハルナさんのお墓参り、行ってあげてね」
「……なんで」
「わかばさんも。きっとすぐよくなるよ? そしたら。笑顔で迎えてあげてね? おかえりって。言ってあげて……?」
微かに震える彼女の手からは、寂しいって感情よりも、何故か悔しいという感情が溢れてるような気がして。
「……帰って、来るんでしょ」
ヒナタは、思わず尋ねていた。けれど、葵からの返答はない。
それが余計に不安をかき立てて、慌ててやさしい拘束から顔を上げる。
「帰ってくるんでしょ? ねえ」
真っ直ぐに葵の瞳を見ながらそう問うと、一瞬だけ。瞳の奥が、悔しさか悲しさか、そんな感情で揺れた。
「……うん。もちろん! 待っててね? きっと帰ってくるからね?」
けれど、それが気のせいだと思うくらい。
彼女は、誰にも負けない笑顔で、とてもやさしくやわらかく、綺麗に笑った。



