カエデが出ていったのを確認し、シントはゆっくりとみんなに話をした。
「俺が知っているのは、内密に理事長と情報交換をしていたからだよ」
ちらりとシントがツバサを横目にとらえると、彼は驚きからビクッと体を震わす。流石に言いすぎたかなと、自嘲気味にシントは笑う。
「君たちのことは、残念ながら俺が聞ける状況じゃなかったから知らなかったけど。……よく頑張ったね、『お兄ちゃん』」
「「――!!」」
ツバサとヒナタは、驚きに目を見張った。
「……っ、信人さん。あなた、やっぱり何かご存じで」
「それが君に話せるかどうかは君次第だ」
返ってきた言葉は、前程キツいものではなかった。きっと恰好が変わったからだろう。……けれど。
「(……どういうこと。そんなのって……)」
「(もう、知ってるって言ってるようなもんじゃねえか)」
ツバサとヒナタは眉を顰めながら、目配せをしていた。
「俺がやりとりしていることは、葵は知らないと思うよ。俺が理事長に乗ったんだから」
みんなは首を傾げた。
「取り敢えず順番に話していこう。……まずは、どうして俺が葵の執事になったのか。みんなは知ってるかもしれないけど、杜真くんは知らないみたいだしね。珍しいことに」
「一言余計です」
さっきの『葵のそばにいたい』発言から、何やらこの二人に不穏な空気が流れているが……まあそれは放っておいて。
シントは、カップに残るコーヒーの液面へ、じっと視線を落とす。
「みんなも知ってると思うけど、アキと母さんが襲われた時、母さんは重傷。父さんもパニックを起こして、仕事どころじゃなくなった。馬鹿な皇は、このまま下落していくのを恐れた」
だから、妻を亡くし、悲しみに暮れている父さんの『感情をなくしてしまおう』と、考えた。
「それが、アキも着けてたあのイヤーカフ。それで妻がいたことすらも忘れ去ってしまおうと、馬鹿な奴らは考えた」
その話はアキラから聞いていたみんなは、険しい顔をしているものの小さく頷いていた。
トーマも、顔色が悪くなっているものの、シントの言葉一言一句漏らさず聞こうとしている。
「俺は、父さんが少しでも楽になるなら、そんな方法もあるのかと、そう思った。……あまりにも、つらそうだったから」
「シン兄……」
あの頃のことは、今でも悔やまれる。あの時自分が……そう思っても、もう後の祭りだ。
今はもう進んだんだ。自分だけじゃない。目の前にいるみんな全員。
「でも父さんはあれをつけたせいで、一気に全てのことを忘れてしまった。……廃人のように、なったんだ」
実際あれは着けている間だけ忘れていくような代物だったから、すぐに皇は外した。それでも、それはまだ試作品。時間をかけないと、記憶は戻らなかった。
「父さんをそんな風にしてしまった皇の、次の標的になったのが俺だった。……父さんにも、アキにも楓にも悪かったけど、俺は怖くなって逃げ出した」
でも、追ってくる相手は財閥の皇。俺はただ必死で逃げた。
逃げても逃げても、ただ時間稼ぎにしかならないんだろうと、結局は捕まるんだろうと、そう思いながら。



