すべてはあの花のために⑦


「お返しします」


 ヒナタのネクタイを、投げ付けるように返す。
 みんなのは丁寧に扱って、自分の横に置き、外されたボタンを留めていく。


「(わかってる。みんながわたしのこと、気に掛けてくれてるって。……ちゃんとわかってる)」


 でも、もう。……寝ちゃいけないんだ。


「(寝たらまた、学校に送れてくる。……それだけもう、赤の時間が長くなってる)」


 今まであの一時の時間だった。それなのに、赤は確実に『葵の時間』を侵食していた。


「(朝はもう奪われた。寝たら最後だ。……昼にならないと、わたしは『わたし』じゃいられない)」


 これからどんどん奪われていってしまうだろう。そしてどんどん、学校へは来られなくなる。


「(だから、行事前は絶対に寝られない。……でも、今日が終わればもう。放課後の会議に間に合えばいっか)」


 それと、交流会だけはちゃんと来よう。


「(わたしだって寝たい。ちゃんと体調だって整えたい。わかってる。みんなに心配掛けちゃダメって。でもいたいんだ。最後まで。……時間いっぱい)」


 ぐっと拳に力を入れ、ベッドから降りて立ち上がる。そしてヒナタに目もくれず、さっさとその場を去ろうとした。


「行かせると思ってんの」


 腹の底の方から出された彼の声は、相当怒りがこもっていた。


「放してください」

「いやだ」


 ヒナタは葵の手首を掴んでいた。痕ができるのも構わずに強く。


「放してください」

「いやだ。みんなに寝かせてこいって言われてる」


 やっぱりみんな気づいてた。まあ、体調悪いって言ったし。


「放してください」

「いやだって。何回言えばわかるの下僕」


 そんなやさしい声で下僕って。……聞いたの初めてだけど。


「……放してください」

「……強情」

「放してください」

「頑固」

「放してください」

「意固地」

「放してください」

「石頭」

「放して」

「意地っ張り」

「放して」

「馬鹿」

「放して」

「なんで頼らないの」


 ぐっと、一瞬言葉に詰まった。


「っ、……はなして」

「なんで一人で抱え込むの」

「はな、して」

「オレが助けるって、言ったじゃん」

「……っ、はな」

「はい。言うこと聞かない下僕にはお仕置き」

「!?!? は、はなして……!!」