「お返しします」
ヒナタのネクタイを、投げ付けるように返す。
みんなのは丁寧に扱って、自分の横に置き、外されたボタンを留めていく。
「(わかってる。みんながわたしのこと、気に掛けてくれてるって。……ちゃんとわかってる)」
でも、もう。……寝ちゃいけないんだ。
「(寝たらまた、学校に送れてくる。……それだけもう、赤の時間が長くなってる)」
今まであの一時の時間だった。それなのに、赤は確実に『葵の時間』を侵食していた。
「(朝はもう奪われた。寝たら最後だ。……昼にならないと、わたしは『わたし』じゃいられない)」
これからどんどん奪われていってしまうだろう。そしてどんどん、学校へは来られなくなる。
「(だから、行事前は絶対に寝られない。……でも、今日が終わればもう。放課後の会議に間に合えばいっか)」
それと、交流会だけはちゃんと来よう。
「(わたしだって寝たい。ちゃんと体調だって整えたい。わかってる。みんなに心配掛けちゃダメって。でもいたいんだ。最後まで。……時間いっぱい)」
ぐっと拳に力を入れ、ベッドから降りて立ち上がる。そしてヒナタに目もくれず、さっさとその場を去ろうとした。
「行かせると思ってんの」
腹の底の方から出された彼の声は、相当怒りがこもっていた。
「放してください」
「いやだ」
ヒナタは葵の手首を掴んでいた。痕ができるのも構わずに強く。
「放してください」
「いやだ。みんなに寝かせてこいって言われてる」
やっぱりみんな気づいてた。まあ、体調悪いって言ったし。
「放してください」
「いやだって。何回言えばわかるの下僕」
そんなやさしい声で下僕って。……聞いたの初めてだけど。
「……放してください」
「……強情」
「放してください」
「頑固」
「放してください」
「意固地」
「放してください」
「石頭」
「放して」
「意地っ張り」
「放して」
「馬鹿」
「放して」
「なんで頼らないの」
ぐっと、一瞬言葉に詰まった。
「っ、……はなして」
「なんで一人で抱え込むの」
「はな、して」
「オレが助けるって、言ったじゃん」
「……っ、はな」
「はい。言うこと聞かない下僕にはお仕置き」
「!?!? は、はなして……!!」



