すべてはあの花のために⑦


 今度は生徒みんなに頭を下げ、葵は元座っていた位置に戻ろうとした。


『ありがとうございました。続いて月雪くん。お願いします』


 その声に合わせてレンが立ち上がり、葵と擦れ違うところで腕をパシッと取られる。


「え? ……レンくん?」

「まだ終わっていないですよ」


 そう言ってレンは、葵を自分の横に立たせ、話し始める。
 至って普通の『頑張ります』的挨拶をぺらぺら。思ってもいないだろうに話す。


『最後に、ちょっとフライングですけど』

「(え)」


 そう言うが早いか、レンが葵のリボンを解きはじめる。


「……れ、れんくん? 何を……」

「あなたは覚えていらっしゃらないんですかね、頭がいいくせに」


 解き終わると、会場から悲鳴が上がる。


「ただのジンクスに過ぎませんが……あなたの卒業後が、とっても楽しみですね」

「……!!」


【新生徒会メンバーは、阻止できなかったら卒業後、恐ろしいことが起こる】


「でも、私も追いかけられるのは勘弁ですし、あなたに巻いておいてあげますよ」


 もう、言葉なんて出ない。動けもしない。
 ただ葵は、右手に結ばれる彼のネクタイと、彼の左手に結ばれた自分のリボンを、ずっと見ていることしかできなかった。


「……『地獄に落ちろ』ってね。そんな意味でも込めましょうか」

「……っ」


 ちらりと司会のコズエを見ると、彼女もどこか薄笑いを浮かべながら。


『ありがとうございました。以上をもちまして、新生徒会の結成。及びお披露目式を終了します』


 マイク越しに、そう言葉を発した。
 コズエのその言葉を聞き終わる前に、講堂にいた生徒たちは、猛ダッシュで出口の方へと向かう。


「はは。馬鹿ですね。こんなジンクス信じちゃって」

「……」

「さて。これであなたも逃げなくて済みましたし、私もちゃんとあなたのことを監視でき」


 レンは振り向きながら葵にしか聞こえない声で、口を動かさずにそう言うけれど……。


「……あれ。皆さん、急いで逃げなくてよろしいんですか?」


 生徒会メンバーは誰一人として席を立たず、ただレンと葵を睨み付けている。


「……ユッキー」


 のっそり、一番最初に動いたのはチカゼ。


「どうした柊」

「オレさ、抜け駆けはよくないと思うんだわ」

「あー。……これのこと?」


 レンは、自分の左手首に結んだ葵のリボンを、みんなによく見えるように掲げる。

 ただならぬオーラを、生徒会メンバーから感じたレンは思わず後退るけれど、ドスドスっと床を踏み鳴らしながら、逃がさないと言いたげにチカゼは二人に近寄る。


「ひ、……柊?」

「ちか、くん……」


 チカゼは、自分のネクタイをシュルシュルと解く。


「オレは去年もやってるからな。……もう一度誓いだ、アオイ」

「……っ、はい」


 チカゼは、解いたネクタイを葵の左手首に巻き付けていく。


「いいか、よく聞け。オレは諦めねえ。届くまで絶対だ。わかったか」

「……はい。ありがとう、ございます」


 二人の様子を、ただレンはじっと見つめていた。


「オレがお前を、タンスから守ってやる」

「え。違いますよね、それ」

「何言ってんだ! タンスに小指ぶつけるほど痛いもんはねえ!」

「……わたしに振られるのは?」

「そ、そっちは精神的にくるだろうが。頼むからやめて、マジで」

「ぷっ。……あははっ」