すべてはあの花のために⑦


 頬を何度もやさしく撫でて、彼女から溢れ出る涙を拭ってやる。


「……な。んで……」

「ん?」


 涙を流しながら、どんどん無くなっていくはずの力に、重たくなっていくはずの目蓋に抗いながら、彼女は必死に尋ねた。


「……なんで。そこまで。してくれるの……っ」

「ハナ……」

「ほんと。あぶない。からっ。……。いやだよ。ひなたくん。こんなこと。やめて……」

「…………」

「……。だめだよっ。……ひっく。……もう。だれも。傷つけたくなんて。……ないんだっ」

「……ハナ? 犠牲じゃ、幸せになれないって言ったでしょ」


 なんでと。なんでそれを、君が知ってるのと。
 溢れてくる涙とともに、彼女は瞳だけでそう聞いてくる。


「幸せに、なるんでしょ? ハナ」

「……。ひな」

「オレがぜーんぶ、変えてあげるから」

「……。なんで」

「オレがハナのこと、幸せな道に連れて行ってあげる」


 そっと、彼女の小さなおでこにキスを落とす。


「……。っ……かいとう。さん……?」

「……ん、まあなんとか仮面よりはいいけど」


 今度は、こめかみ。そのあとは耳に落としたあと、甘く噛みつく。


「んん……っ」

「何もかもから。ハナのこと、オレが救い出してあげる」


 息を多めでそっと囁くと、彼女の体がびくっと反応する。
 それが可愛くて。愛しくて。ずっと自分の腕の中に閉じ込めておきたくなった。


 でもこれは、最初で最後の『告白』だ。
 もう、決めたんだ。こんな自分が、彼女のためにできること。


「だから、ハナはただ信じて待ってて。オレのこと、ただ信じてて」

「……ひなた。くん……」

「ハナが信じて待っててくれるだけで。……オレは。それだけで十分だから」

「ひなた。くん……?」


 思ったよりも、声を張れなかった。少し掠れた。

 けどこれは、もう忘れてしまうであろう彼女への『告白』だ。
 愛じゃない。偽ってきた、自分の『告白』。

 彼女が忘れてでも言いたかった、本当の自分の正体のだ。
 自分の心すべてを占めている想いなんて。……知らなくていい。知らない方がいい。


「……。いなく。なんない……?」

「え……?」


 動かないはずの彼女の手が、自分の頬に添えられてくる。


「……しんじ。てる……」

「ハナ……」

「でもっ。……しんじるの。こわい……」

「……大丈夫だよ」


 そっと、おでこを合わせた。……安心して。大丈夫。


「あんたのご主人様が、できないことなんてないんだよ」

「……。ひな……」

「だから、信じて待ってて? 下僕を救い出してあげるよ。あの監獄から」

「……そもそも。げぼくは男のひとで……」

「そう? それじゃあ、お姫様にしといてあげる。王子にはなれないけど、……ハナを助けてあげる」


 それがたとえ、代わりに自分が檻の中に入れられることになったって構うものか。