すべてはあの花のために⑦


 葵ちゃんは、それを言ってしまったらみんなに嫌われてしまうと思った。だから隠しておきたかった。
 信人さんの仕事も『あれ』に関する仕事で、葵ちゃんはそんな仕事から信人さんを解放したかった。そして、そんなものを作っている家にみんなを巻き込みたくなんてなかった。


「言っちゃえばいいと思うんですけどね、警察に。危ないと思ったら味方になってくれる、民間のヒーローじゃないですか警察は」


 しかしシントは顔色一つ変えず、そのまま何事もなかったかのようにコーヒーに口を付ける。


「(あーダメだ。この人、俺なんかよりも強いわ)」


 シントはトーマの言葉にビクともしなかった。


「(……だって俺は、葵ちゃんの言葉に、少なくとも声は出さなかったけど反応はしちゃったもんな)」


 あまりにも葵の言ってきたことが図星過ぎて、自分がわかっていなかった感情までわかってるように話す葵に、トーマは惚れたし、完敗を喫した。


「(でも信人さん、ピクリともしなかった。俺の予想が合ってたのかさえわかんない。反応を見て確かめようと思ったのにっ……!)あー! 葵ちゃんに会いたい!!!!」


 ――ガンッ! とテーブルに頭をぶつけて、トーマは唸った。


「あーあーあー……」

「え。ちょ、トーマ? どうしたんだよ……」


 チカゼが声を掛けるが、首を左右に振るだけ。まるで『話しかけないで』と言っているようだった。


「……さてと、次の人は? 他に何かあるかな?」


 トーマなんて、まるで視界に入れてないシントが、みんなに声を掛ける。
 よくはわからなかったけれど、取り敢えずみんなの中で【トーマ<シント】の図が出来上がった。



「はい。それじゃあオレから」

「(……またか)」


 どうしてだろう。彼と話す時の、この嫌な感じは……。


「(……なんだか、彼とは話しちゃいけないような気がしてならない)」


 彼の思う通りに導かれてしまうような……掌の上で転がされているような。
 そこにあるとわかっている『ジョーカー』に。伸ばしたくなくても、手を伸ばすしかできなくて。


「(……なんだ。なんで彼は、全く変わらない)」


 みんなが反応しているのは確かだ。そのうちにはもちろん彼もいる。


「(でも、……変わらない(、、、、、)んだ。それが俺は少し……怖い)」


 でも断るわけにもいかないと思い、渋りながら「どうぞ」と答えた。


「では、あなたが『あそこ』で働くためにの契約書に書かれていたものを教えてください」


 ――ほら。そんな話一切していなかったというのに、そういうところを突いてくる。


「(確かに、俺がここを出てここへ帰ってくるまでの話の中って言ったよ? ……言ったけどさー)」


 ハッキリ言って、あの時の文章を、覚えていないことはない。というかそもそも、その契約文自体がおかしかった。
 何も言わないシントに、ヒナタは淡々と「言えませんか?」と聞いてくる。


「あー。……言えないこと、に。したいっ……!」


 シントはテーブルに突っ伏した。未だに俯せているトーマと仲良く並んで同じ恰好。


「何なのあれ。あー言いたくないー……」

「信人さん? どうしたんですか?」

「ちょっと。君魔王でしょう! 悪魔に負けてどうするの!」

「……いや、知りませんけど……」


 そんなやりとりをして、二人揃ってゆっくりと起き上がった。


「……そこに書かれていたのは全て、『葵のこと』だ」