すべてはあの花のために⑦


「九条 日向。16。高2。小さい頃は、あんたに変な名前つけられた」

「え。……い、いいって。言ってくれたのに」

「うそうそ。あんたの花の名前、つけてくれて嬉しかった。でも酷い言われようで、ここ最近悪魔と呼ばれるんだよね」

「それは。自業自得では……」

「ま、それもいいよね。いい響き」

「えー……」

「特技は、軽~い手品なら少々」

「……!」

「趣味は、隠し撮り?」

「え。しゅ、趣味……?」

「小さい頃、トーマに教えてもらった」

「え……」

「冗談じゃん。真に受けないでよ」

「(……冗談に聞こえないよ、あなたが言ったら)」

「小さい頃は、カメラ持って走ってた。……そこで、あんたを見つけた」


 ヒナタは、葵の目元にやさしくキスを落とす。


「(わわわ……)」

「何回もカメラに収めたかった。……でも収められなくって、ずっと後悔してた」

「え……?」

「……いっつも、泣いてたからさ」

「……。ひなたくん……」

「笑った顔、見たかったから」


 ヒナタは、葵の顔中にゆっくりキスの雨を降らせてくる。
 胸が苦しくて。上手く息ができない。


「勇気出して。……声掛けて、よかった」

「……ひ。ひなたっ。くん……」

「あんたを救えて。……よかった」

「んっ、……ひなた。く……」

「ファーストキスも、奪われるし?」

「……! そ。それは。事故……」

「事故でも、……オレは嬉しかったよ」

「……。っ。はあ……。ひな……」

「……しんどい? まだ口にはしてないのに」

「……?! ま。まだ……?」

「してほしい?」

「……!! ……。っ……」


 恥ずかしすぎて、死にそうになっている葵を見て、ヒナタは満足そうに、嬉しそうに頬を緩める。


「……あの時、嬉しかった」

「……?」

「キス。事故だとしてもオレは、あの頃からずっとハナが。……あおいだけが、ずっと好きだった」

「――……!!」


 わざとそこを外すように、キスを落とす。
 口の端ギリギリに、葵の反応を楽しむかのように、ちゅっと音を立てて。


「……あおいは? 自分の気持ち、教えてよ」

「……。っ……」


 だから耳元で、そんなふうに甘い声で言わないでってば。


「……っ。はあ……。……わ。わたし。は……っ」


 葵が言おうとしても、ヒナタはキスをやめてはくれなかったけれど。


「……る。るにちゃんが。……たぶん。すき。……だった」

「え」

「いつも。笑ってくれて。何も聞かずに。耳……塞いでないのに聞いてない振りして。……ぎゅって。抱き締めてくれて」


 ヒナタの、葵の腰に回している腕に、力が少しだけ入る。


「ときどき。……その。……か。かっこいいなって。おもったり……」

「…………」

「わたしの姿。見えなくなるまで見送ってるの知って。……ちょ。ちょっと。どきどき。……した」

「…………れず?」

「いや。ちがくて」

「いやレズでしょ。オレそれに応えてやれないよ?」

「ちっ、ちがうよ! たぶん、男の子なんじゃないのかなって。……思ってた」

「え」

「で。でも。女の子の恰好してるし。あたしって言ってるし。違ったら不味いし。……聞かない方がいいかなって。思って」

「……好きって、ちゃんとわかってたってこと?」

「……ううん。言ったでしょ? この気持ちが、なんなのかわからないって。今はちゃんとわかってるから、あの時もそうだったんじゃないのかなって思ったの」


 きゅっと、頬に当てられる彼の手を握り、俯く。
 何度も、何度も。ゆっくり、大きく深呼吸した。


 ……緊張? そんなの。もうし過ぎて可笑しくなってる。
 でも。聞いて欲しいんだ。他の誰でもない。彼にだけは。……絶対に。

 それがたとえ小さくても。しっかりと。彼にきちんと届く声で、言葉を紡ごう。

 届けたい。どこにも描かせなかった。この心を埋め尽くす、……わたしの想い。