すべてはあの花のために⑦


「わたしの。ことを。……その。……咲かせてくれる。お日様が。……好き」


 少しずつ。本当に少しずつだけれど、距離が縮まっている気がする。


「……賭け。わたしの。負けだよ……?」

「……ん」


 また少し、縮まった。


「……あの、ね。わたし。葵って、言うの」

「うん」

「名字はね? ……朝日向って。言うんだよ」

「うん」

「向日葵ってね? ……『日向葵』(ひゅうがあおい)とも言うの」

「へえ。そうなんだ」

「お母さんとお父さん、言ってた。朝に咲く、ひまわりなんだよって。だから、わたしのお花はひまわりなんだよって。……そう。教えてくれたの。……もう。だいぶ前の話だけど」

「そっか」


 ほんの少し落ち込んでいるとそっと前髪を掻き上げられて、額にやさしく唇が触れた。


「わわわ……」

「……もう、いっか」

「え……?」

「ん? もう、我慢の限界だから」


 今度はこめかみに。ゆっくりと、押し付けるように。


「……いやじゃ、ない?」

「……。いや、じゃ。ない……っ」

「……そっか」


 今度はほっぺたに。軽く音を立てて。


「あわわ……」

「……多分、ビックリする」


 今度は耳に落としたあと、そこで囁かれる。声を聞くだけで、力が抜けた。


「な。なにが……?」

「ん? んー。……いろいろ?」


 今度は首。何度も音を立てるキスに、心臓が壊れてしまいそうになる。


「……あんたの太陽に、なれたかな」

「……? ……うんっ」

「そっか。……あんたがここにいるかと思って、あの時何度も捜した」

「…………。うん」

「ハルナに言ってたんだ、あんたのこと。オレが、ちゃんとそばにいてあげないといけないって。……最後まで、あいつそう言ってた」

「……っ、はるな。さん……」

「……何度も捜した」

「……。うんっ……」

「もう、消えたのかと思った。……会いたかった」


 ぎゅっと。力を込めて抱き締めてくれる。


「あんたが、オレのこと太陽みたいって言ったでしょ?」

「……? うん。るにちゃん」

「……オレンジにしたら、わかりやすいかと思って」

「え……?」


 顔を見ようと思ったけど、ぎゅっと力を入れられて見えない。……絶対赤い。そうに違いない。


「太陽って、オレンジな感じじゃない? 派手だし、あんたはわかるかと思って」

「……流石に。無理がある」

「オレも頭おかしくなってたんだよ。あんたに会えなくて」


 そういうこと、さらっと言わないで。


「あんた、言ったよね。『オレの名前にお日様がある』『羨ましい』って」

「……うん。言った」


 頭に温かい感触が触れたあと、ふっと力を緩めてくれる。


「……オレも。あんたの名前に、オレがいるから嬉しい」


 そんなやさしい顔を見たことがなくて、まともに顔が見られない。
 真っ赤にした顔を、ほんの少し彼の視線から逃れるようにずらすと、それがおかしかったのか。また小さく、……やさしく笑われた。


「賭けはオレの勝ち。……って言っても、本当はここでレンにさせるつもりだったから、オレはするつもりなんてなかったんだけど」

「むうっ」

「はは。ごめんごめん。怒んないで? ……それじゃ、改めて自己紹介するね」


 全然謝るつもりはなさそうな声だけど、そう言いながら彼はまた、葵の頬に手を添えてきた。
 そんな彼の手に葵もそっと、自分の手も添え、ゆっくりと彼を見上げる。