葵は恥ずかしくなって、体を捻らせて彼の首元に顔を埋めた。
「……何。恥ずかしいの?」
「わかってるくせに」
「ははっ。……そっか」
嬉しそうな彼は、今度は両腕でぎゅうっと抱き締めてくれる。
「……聞かないの?」
「……あり。がと」
「いやうん。まあいいけど」
「……これは?」
「ん?」
少しだけ起き上がって、銀色に染まっている髪の毛をつんつんと引っ張る。
「あと。……これと。仮面……」
そして、花畑に落ちていた蝶ネクタイ。
「あー……」
「……いえない?」
聞いちゃまずかったのだろうかと、どうしようと思わず不安で涙が出そうになる。
でもすぐに、少し照れながら「言う言う」と了承してくれた。ものすごく渋々だったけれど。
「あー……の。さ……」
「……?」
歯切れが悪い彼の方を、潤んだ瞳で見つめる。
「……だから。その顔は反則でしょ」
「……? はんそく?」
「いや。……あんたは、笑わないってわかってる、けど。……いやでも、笑って欲しかったりなかったり」
「……?」
「……説明は、あとでちゃんとする。でもオレは、あんただけは、幸せになってもらいたくて……」
彼は、ゆっくりと絞り出すように言葉を紡いだ。
「……幸せに、なって欲しかったんだ。ほんとに」
どういうことだろうと、何度も何度も首を傾げてようやく、続けて言葉にしてくれた。
「……やっぱりさ。助けに来てくれるのは、王子様がいいんでしょ。女の子って」
「……ほへ?」
相当恥ずかしいのか。自分の顔を片手で隠していた。
「しょ、正直言って。オレは、別にあんたが救えれば、それでよかった。ハッピーエンドでしょ? 王子様が、お姫様を助けてくれるとか。だから、レンの声とか姿とか。……仕草とか話し方、全部借りた。女子がみんな、あいつのこと『王子様』って言ってたから」
「……?」
「『助けてくれた王子様に、お姫様は恋をしました』って。よくあるじゃん。オレはあんたのこと、助けてあげられればそれでよかったから。だからあんたは……レンと。幸せになればいいって。……思って。…………何これ。はっず。こんなことになるとか想定外なんだけど」
「…………」
「……っ、オレが王子なわけないじゃん。どっちかっていうとヒールっぽいし。いいよそこら辺の木とかでも。オレは、主役なんかじゃないんだって。あんたに、幸せになってもらえれば。オレは本当に、……それでよかったんだ」
「くっそ。こんなことになるんだったら」とか。「借りるんじゃなかったし。はっず……」とか。そんなことを照れながら、ぶつぶつ彼は呟いてた。



