すべてはあの花のために⑦


 葵は恥ずかしくなって、体を捻らせて彼の首元に顔を埋めた。


「……何。恥ずかしいの?」

「わかってるくせに」

「ははっ。……そっか」


 嬉しそうな彼は、今度は両腕でぎゅうっと抱き締めてくれる。


「……聞かないの?」

「……あり。がと」

「いやうん。まあいいけど」

「……これは?」

「ん?」


 少しだけ起き上がって、銀色に染まっている髪の毛をつんつんと引っ張る。


「あと。……これと。仮面……」


 そして、花畑に落ちていた蝶ネクタイ。


「あー……」

「……いえない?」


 聞いちゃまずかったのだろうかと、どうしようと思わず不安で涙が出そうになる。
 でもすぐに、少し照れながら「言う言う」と了承してくれた。ものすごく渋々だったけれど。


「あー……の。さ……」

「……?」


 歯切れが悪い彼の方を、潤んだ瞳で見つめる。


「……だから。その顔は反則でしょ」

「……? はんそく?」

「いや。……あんたは、笑わないってわかってる、けど。……いやでも、笑って欲しかったりなかったり」

「……?」

「……説明は、あとでちゃんとする。でもオレは、あんただけは、幸せになってもらいたくて……」


 彼は、ゆっくりと絞り出すように言葉を紡いだ。


「……幸せに、なって欲しかったんだ。ほんとに」


 どういうことだろうと、何度も何度も首を傾げてようやく、続けて言葉にしてくれた。


「……やっぱりさ。助けに来てくれるのは、王子様がいいんでしょ。女の子って」

「……ほへ?」


 相当恥ずかしいのか。自分の顔を片手で隠していた。


「しょ、正直言って。オレは、別にあんたが救えれば、それでよかった。ハッピーエンドでしょ? 王子様が、お姫様を助けてくれるとか。だから、レンの声とか姿とか。……仕草とか話し方、全部借りた。女子がみんな、あいつのこと『王子様』って言ってたから」

「……?」


「『助けてくれた王子様に、お姫様は恋をしました』って。よくあるじゃん。オレはあんたのこと、助けてあげられればそれでよかったから。だからあんたは……レンと。幸せになればいいって。……思って。…………何これ。はっず。こんなことになるとか想定外なんだけど」

「…………」

「……っ、オレが王子なわけないじゃん。どっちかっていうとヒールっぽいし。いいよそこら辺の木とかでも。オレは、主役なんかじゃないんだって。あんたに、幸せになってもらえれば。オレは本当に、……それでよかったんだ」


「くっそ。こんなことになるんだったら」とか。「借りるんじゃなかったし。はっず……」とか。そんなことを照れながら、ぶつぶつ彼は呟いてた。