すべてはあの花のために⑦


「……あの時ね? 誰も『ハルナさんの写真を処分した』とは言わなかったんだ」

「言うなって口止めしてたからね。……言ったらマジぶっ殺してた」

「いやいや、あなた実の兄貴になんてことを……」

「だって一個チクられたんだもん。あのあと痛い目に遭わせてあげたよ」


 褒めて褒めてって。言っても褒められたもんじゃないし、恥ずかしかったんだって正直に言えばよかったのに。


「ツバサくんは、ずっと『あいつの』としか言ってなかった。だからツバサくんにも『話してないこと、あるでしょう?』って言ってたの。何となく、気がついてるのわかってたみたいだから、あの時わたしに、君が如何に不器用さんなのかを教えてくれたんだよ」

「マジいらない情報だし。何それ。人の知らないところで言われるほど、ムカつくことってないよね」


 げげ。他にもめっちゃ聞いてるんだけど……い、言えるかな。


「君が『あいつの写真』って言った時、どこか苦しそうな感じだったから、やっぱりそうなんだって思った。……ワカバさんが写真を見て暴れてたのは、君の方だったんだよね」


 申し訳なく思いながら尋ねると、少し背中が重くなる。


「オレのせいで死んだって言うくらいだからね。別に気にしないでいいよ。オレが、自分の写真回収しに行ったんだし」

「でも……」

「それより、……黙っててごめん」

「え……」


 彼が、こんなに素直に謝ってくれることなんか。


「あんたは気にすると思って。だから隠してた。……知ってるんでしょ? オレの代わりに、ハルナが死んだって」

「……ごめんなさいっ」

「あんた言ってたじゃん。オレに向かってきてたのを、ハルナが庇ったんだろって。その時に、……ああ、もしかして気づいてんのかなって思った。確信なかったけど」

「…………」

「あんたは悪くないよ。アイも。ちゃんとわかってるから」

「……っ、うんっ」


 葵がなんとかそう返事をすると、すっと背中の重みが消えた。


「え……っ」

「よいしょっと。気づいてたんならもういいや」


 いつの間にかこちらへと向き直ってきた彼は、葵のお腹の方に腕を回し、足の間に葵を収める。


「あーあ。もうこんな恰好しないって言ったのに……」


 相当嫌だったらしく、片手で蝶ネクタイを外した。仮面は、……流石にすぐ外したみたい。


「い、……いっぱい。聞きたいこと。あるんだけど」

「うん。……なに? 信じて待っててくれたからね。ご褒美。なんでも聞いていいよ」


 そう言われても、普段とは違うやさしい声とか。頭を撫でてきてくれる。あたたかい手と笑顔とか。お腹に回ってきてる、甘い拘束だとか。自分じゃない人の、あったかい体温とか。……近い距離に、意識したくなくても、顔が勝手に赤くなる。


「ん? ……どうしたの? なんで固まってるの?」


 わかってるくせに。


「どうして真っ赤なの? ……教えてよ、あおい」


 わかってるくせに。わかってるくせにいっ。


「……。いじ。わる……」

「言ったじゃん。意地悪したくなるんだって」


 そうやって嬉しそうに笑う顔だって、卑怯だ。