しかし、その切っ先がアザミに到達する直前、エリカの腕が下から何かにスッコーンと蹴り上げられ、ナイフが宙を舞う。落ちてきたナイフをいとも簡単に手中に収めたのは、パーカーにフレアパンツがぎりぎり見えそうな、短いドレスを着た葵だった。
その刃先を、葵はザッとエリカの首元へと向ける。
「ひ……っ!?」
「自分で言うのもなんですが。わたし、人にそんな本気でプッツンいったこと、ないんですよね」
へたり込んでしまったエリカを、後ろにアザミを庇った葵が、鋭い視線で見下ろす。
「怒ったことはもちろんありますよ? だってこの作品に出る奴ら、ヘタレばっかりだったんで。……ま、わたしもその一人でしたね。一番のヘタレは、きっとわたしでした」
その最中も、葵の鋭い視線は止まらない。
「でも、これまた自分で言うのもなんですが。ここまで人に嫌悪感を抱くことなんてないんです。わたしはずっと、わたしだけが嫌いだったから。ほんと、こんなの初めてです。こんなに、……人のこと殺したいほど嫌いになったのなんて」
「……!! や。やめ……」
壁際に追い詰めた葵が、――ザンッ! とエリカの真横の壁にナイフをぶっ刺す。
「いいですか、よーくお聞きなさい」
あなたたちがやってきたことは、ただ自分の欲のためだ。それにたくさんの人を、巻き込んでんじゃないですよ。
寂しい? 悲しい? 苦しい? つらい? そんな感情、人間誰だって持ってるんだ。だからって他人の幸せを奪っていいわけないだろう。
「……ご。ごめんなさっ……」
「謝って済むなら、警察なんかいらないんですよ」
いつものわたしなら、きっとこう言うだろう。
ちゃんと反省しなさいって。自分がしてきたことを、冷静になってよく考えてみてって。
「……残念だけど、そんな生ぬるいこと言うもんか」
そう言って、今度はエリカのナイフが刺さっていない方の横の壁に、ズドンッ!! と拳を一発。衝撃で壁に大きく亀裂が入り、大穴が空いた。
「……ひっ」
「わたしの大事な人たちを傷つけたんだ」
そう言って葵は、エリカを至近距離で睨み付けた。
「――地獄に落ちろ」
その時の葵の顔が死ぬほど怖かったエリカは、恐怖で失神したのだった。



