「…………るに。ちゃん……?」
葵がそう言うと、複雑そうに目の前の彼は……いや。怪盗は笑った。
エリカを遠くの方へと突き飛ばし、怪盗は改めて葵へと向き直る。
「それでは今一度聞きましょう」
「はい……?」
今更何を……?
「たくさんの人たちに愛されたあなたは、まだ自分のことを許してあげられませんか?」
「……かいとう、さん……」
「もうあなただけです。……言ったでしょう? 助けに来たと。信じて待っていてくれたのでしょう? あとは、勇気を出すだけですよ」
視界の端で、公安が参加者を取り押さえている。
まわりの音は、きっと彼らの声でうるさくなっているはずなのに。自分には、目の前の彼の声しか耳に届かない。
「……こんなわたしを。みんな、ゆるしてくれるんでしょうか」
「許すも何も、初めから謝って欲しいなんて思っていませんよ」
「……。もう。……守って。罪を重ねなくて。……いいんでしょうか」
「……はい。つらかったですね。守ってくださって、本当にありがとうございます」
「……。ゆるして。……いいんですかね」
「…………」
「こんな。……じぶんの。こと……」
「……自分のことを、好きになってあげてください」
「え……?」
「自分のことを好きでないと、人を愛することなどできませんよ」
「……かいとう。さん……」
「幸せになりたいと思っていないと、なれないんだって。……そう思ってくださったのでしょう?」
「……。はいっ」
「許してあげられますか? 自分を」
葵はただ、涙を流しながらこくこくと頷くことしかできなかった。
「はあ。……やっぱり泣き虫にしたらよかった。名前」
「……。え……」
彼のやさしい指先が、葵の目元をそっと拭う。
「いっつも泣いてる。……今日はどうしたの? ハナ」
「……~~っ。……う。うれし。泣き……」
「まだ全部変えてないのに泣くんだ」
「え……?」
「道明寺なんて。ハナには似合わない」
「……るにちゃ……」
「花咲は綺麗な名前。でもハナの名前じゃない」
「……。るにっ。ちゃん……」
気づいて。くれた。
絶対に。気付いてくれると思ってた。
信じて。……待ってた。
「ハナがくれた【向日葵】を。今、返すよ」
「…………。よ。んで……」
「ハナの大好きな太陽を。……ハナの向日葵を」
「よんでっ。わたしの。なまえ……!」
とても嬉しそうに笑っている、彼の口元は。やさしい声とともに、誓約を紡ぎ出した。



