すべてはあの花のために⑦


「…………るに。ちゃん……?」


 葵がそう言うと、複雑そうに目の前の彼は……いや。怪盗は笑った。
 エリカを遠くの方へと突き飛ばし、怪盗は改めて葵へと向き直る。


「それでは今一度聞きましょう」

「はい……?」


 今更何を……?


「たくさんの人たちに愛されたあなたは、まだ自分のことを許してあげられませんか?」

「……かいとう、さん……」

「もうあなただけです。……言ったでしょう? 助けに来たと。信じて待っていてくれたのでしょう? あとは、勇気を出すだけですよ」


 視界の端で、公安が参加者を取り押さえている。
 まわりの音は、きっと彼らの声でうるさくなっているはずなのに。自分には、目の前の彼の声しか耳に届かない。


「……こんなわたしを。みんな、ゆるしてくれるんでしょうか」

「許すも何も、初めから謝って欲しいなんて思っていませんよ」

「……。もう。……守って。罪を重ねなくて。……いいんでしょうか」

「……はい。つらかったですね。守ってくださって、本当にありがとうございます」

「……。ゆるして。……いいんですかね」

「…………」

「こんな。……じぶんの。こと……」

「……自分のことを、好きになってあげてください」

「え……?」

「自分のことを好きでないと、人を愛することなどできませんよ」

「……かいとう。さん……」

「幸せになりたいと思っていないと、なれないんだって。……そう思ってくださったのでしょう?」

「……。はいっ」

「許してあげられますか? 自分を」


 葵はただ、涙を流しながらこくこくと頷くことしかできなかった。


「はあ。……やっぱり泣き虫にしたらよかった。名前」

「……。え……」


 彼のやさしい指先が、葵の目元をそっと拭う。


「いっつも泣いてる。……今日はどうしたの? ハナ」

「……~~っ。……う。うれし。泣き……」

「まだ全部変えてないのに泣くんだ」

「え……?」

「道明寺なんて。ハナには似合わない」

「……るにちゃ……」

「花咲は綺麗な名前。でもハナの名前じゃない」

「……。るにっ。ちゃん……」


 気づいて。くれた。

 絶対に。気付いてくれると思ってた。

 信じて。……待ってた。


「ハナがくれた【向日葵】を。今、返すよ」

「…………。よ。んで……」

「ハナの大好きな太陽を。……ハナの向日葵を」

「よんでっ。わたしの。なまえ……!」


 とても嬉しそうに笑っている、彼の口元は。やさしい声とともに、誓約を紡ぎ出した。