すべてはあの花のために⑦


 葵が落としたのはアイの頬。


「……。ありがと、あおいさん」

「……今のわたしが、あなたにできることはここまで」

「うん。十分だよ。だって、……してくれるだけで嬉しいから」

「……そっか。それなら、よかった」


 アイはぎゅっと葵の手を握る。


「はい。それじゃあ次はあおいさんの番」

「え?」


 アイは嬉しそうににっこりと笑っていた。


「……今だけでも、あなたを幸せにさせてください」

「あおいくん……」


 そう言われて、葵は一度目を閉じる。
 ……懐かしい。以前にもこう言ってくれた彼は、本当にやさしい人なんだなと。そう思った。

 けれど、もう決めているから。


「……ううん。いいよ、わたしは」

「……何も、させてもらえないんですか」

「そういうことじゃないんだ。……わたしは、最後まで諦めてないから」

「…………」

「最後まで信じてる。だからわたしは、これからもまだ幸せになれるから」


「だから」と、そう言ってアイにとびっきりの笑顔を返す。


「今日は一緒にご飯を食べよう! あおいくん!」

「……っ、ははっ」


 そう言ってきた葵に、アイは笑いが止まらなかった。


「え。な、何かおかしかった……?」

「い。いえ。……とても。あなたらしいなと。おもって……」


 目に涙を再び溜めながら大爆笑。大変失礼な。


「いえいえ。……あなたならしてしまうのだろうと、思っただけですよ?」

「ほんとかな~?」


 疑いの目で見ながらそう言うと、ふっとアイの顔から笑みが消えた。


「あおいさん。きっと、あなたなら大丈夫です」

「…………」

「信じていてください」

「…………」

「あなたならきっと、奇跡を起こすのでしょう」

「…………」

「きっとこの、青い薔薇があなたを導いてくれます」


 アイは自分の胸元に、そして白いドレスにあしらわれている青い薔薇を示す。


「……どうか、信じる心を忘れないで」

「……はい」

「あなたに、俺があなたに出せなかった分の勇気を、分けてあげます」


 アイはそっと、葵の額にキスを落とす。


「信じて。そして、勇気を出してください」

「……? うん。消えるのは怖いけど、……守るよ。みんなを」


 葵の真っ直ぐな瞳を受け止めたアイは、苦笑いを返した。



「――そろそろお時間です」


 そう、不気味な仮面を着けた関係者が、告げてくる。


「「――はい」」


 葵もアイも、自分用に用意された仮面を身に着ける。


「……行きましょう? あおいさん」

「はい。よろこんで。あおいくん?」


 葵はアイの腕に手を絡め、会場へと足を進めた。

 そして、大きな扉の前で一度足を止める。


「……あおいさん。とっても綺麗です」

「あおいくん……」


 申し訳なさそうに、彼が笑いながらそう言ってくる。


「今まであなた以上に綺麗な人なんて、見たことない」

「あれ? お母様は?」


 そう言うと、彼は小さく笑いながら首を振る。


「母は母です。俺は、小さい頃からあなたが一番綺麗だと思っていました」

「あおいくん……」

「……美人薄命。そんな運命、俺は絶対に信じません」

「……ありがとう」

「俺は信じません。でも、あなたはどうか信じてください」

「え?」


 装飾の施された扉が今、仮面の人たちによって開かれる。


「あなた自身を。そして、あなたの大切な人たちを」

「……っ、はい。……信じて。ますよ」



 参加者全員、仮面を纏った不気味な秘密の結婚式が、今。幕を開けた――――。