葵が落としたのはアイの頬。
「……。ありがと、あおいさん」
「……今のわたしが、あなたにできることはここまで」
「うん。十分だよ。だって、……してくれるだけで嬉しいから」
「……そっか。それなら、よかった」
アイはぎゅっと葵の手を握る。
「はい。それじゃあ次はあおいさんの番」
「え?」
アイは嬉しそうににっこりと笑っていた。
「……今だけでも、あなたを幸せにさせてください」
「あおいくん……」
そう言われて、葵は一度目を閉じる。
……懐かしい。以前にもこう言ってくれた彼は、本当にやさしい人なんだなと。そう思った。
けれど、もう決めているから。
「……ううん。いいよ、わたしは」
「……何も、させてもらえないんですか」
「そういうことじゃないんだ。……わたしは、最後まで諦めてないから」
「…………」
「最後まで信じてる。だからわたしは、これからもまだ幸せになれるから」
「だから」と、そう言ってアイにとびっきりの笑顔を返す。
「今日は一緒にご飯を食べよう! あおいくん!」
「……っ、ははっ」
そう言ってきた葵に、アイは笑いが止まらなかった。
「え。な、何かおかしかった……?」
「い。いえ。……とても。あなたらしいなと。おもって……」
目に涙を再び溜めながら大爆笑。大変失礼な。
「いえいえ。……あなたならしてしまうのだろうと、思っただけですよ?」
「ほんとかな~?」
疑いの目で見ながらそう言うと、ふっとアイの顔から笑みが消えた。
「あおいさん。きっと、あなたなら大丈夫です」
「…………」
「信じていてください」
「…………」
「あなたならきっと、奇跡を起こすのでしょう」
「…………」
「きっとこの、青い薔薇があなたを導いてくれます」
アイは自分の胸元に、そして白いドレスにあしらわれている青い薔薇を示す。
「……どうか、信じる心を忘れないで」
「……はい」
「あなたに、俺があなたに出せなかった分の勇気を、分けてあげます」
アイはそっと、葵の額にキスを落とす。
「信じて。そして、勇気を出してください」
「……? うん。消えるのは怖いけど、……守るよ。みんなを」
葵の真っ直ぐな瞳を受け止めたアイは、苦笑いを返した。
「――そろそろお時間です」
そう、不気味な仮面を着けた関係者が、告げてくる。
「「――はい」」
葵もアイも、自分用に用意された仮面を身に着ける。
「……行きましょう? あおいさん」
「はい。よろこんで。あおいくん?」
葵はアイの腕に手を絡め、会場へと足を進めた。
そして、大きな扉の前で一度足を止める。
「……あおいさん。とっても綺麗です」
「あおいくん……」
申し訳なさそうに、彼が笑いながらそう言ってくる。
「今まであなた以上に綺麗な人なんて、見たことない」
「あれ? お母様は?」
そう言うと、彼は小さく笑いながら首を振る。
「母は母です。俺は、小さい頃からあなたが一番綺麗だと思っていました」
「あおいくん……」
「……美人薄命。そんな運命、俺は絶対に信じません」
「……ありがとう」
「俺は信じません。でも、あなたはどうか信じてください」
「え?」
装飾の施された扉が今、仮面の人たちによって開かれる。
「あなた自身を。そして、あなたの大切な人たちを」
「……っ、はい。……信じて。ますよ」
参加者全員、仮面を纏った不気味な秘密の結婚式が、今。幕を開けた――――。



