すべてはあの花のために⑦


『……おかあ。さん……?』


 今思えば、父が君に異常なほど執着しているのがよくわかった。
 ……よく、似ていたんだ。母が小さくなったのかと思うくらい。

 そこで見た君は稽古中で、大の大人たちを鮮やかに投げ飛ばしてた。


『わあ~……!』


 綺麗だった。子どもながら見惚れてた。技とかじゃなくて、君のすべてが。俺の胸を躍らせた。
 勉強の様子もこっそり覗いてた。でも、俺にはわからないことを君は知っていて。……すごいなって思ってた。

 そんな君に追いつきたい一心で、俺はまた勉強も、空手も頑張った。


 そしてまた覗きに行った時、君が泣いていたんだ。
 会っちゃいけないって言われてた。話しちゃいけないって。だから俺は、どうすることもできなかった。


『……あの子を、守れるくらい……』


 強く、なろうと思った。何を、そんなにつらいことがあったんだろう。俺が強くなって聞いてあげたかった。君の支えに、なってあげたかった。

 情緒不安定だった君を、あの花畑へ連れて行っていたのも知っていたから、俺もこっそりついて行ったんだ。
 ……そこでも君は泣いていたね。何をそんなに悲しんでるのか、聞いてあげようと思って、いつも勇気が出なかった。


 君が一人であそこに度々行ってた時も、いつもってわけにはいかなかったけど、よくついて行ってたよ。


『ハナちゃんまた泣いてる』

『あ。……るに。ちゃん……』

『(……はなっていうのかな……?)』


 君の名前を、その時初めて聞いたんだ。まああとから違うって知ったんだけど。


『(……わらってる……)』


 とっても素敵な笑顔で笑ってるのを、ずっと陰から見てた。今思えば完全にストーカーだね俺。
 ……でも、ちょっと悔しかった。俺が、君の涙を止めてあげたかった。俺に笑顔を向けてみて欲しかった。

 だから俺はその時、父に君と話がしたいって言ったんだ。首は横にばかり振られた。
 それからあの子のことを話したんだ。『その子はいいのに、なんで自分はダメなのか』……ってさ。


 本当に、なんであんなことを言ったのか、すごい後悔した。まさか、あの子のことを消すなんて、誰が思う? まともなら、誰も思ったりしないよ。

 そこからだ。父が狂っていると認識しだしたのは。



 中学に上がった頃。君の全てを聞いた。
 もう一人の君がいることも。婚姻で本当の君が消えてしまうことも。もう一人の君が、何をさせられているのかも。……君が、父に騙されてしてきたことも。

 でも、知ってもどうすることもできなかった。それを俺に教えてくれたのは、……エリカさんだった。


『変なこと考えんじゃないわよ? もし、計画を邪魔するようならあ……』


 殺されるのかと思った。この世から。でも、違ったんだ。


『お父さんとあの子、……殺しちゃうから』


 動けなくなった。その時にはもう……。気づくのが、遅かったんだ。



『藍、喜べ』


 そのあと、愉しそうに嗤いながら父がそんなことを言ってきた。


『葵を、お前の嫁にさせてやる』


 何もできないまま、俺は君の婚約者になった。

 皇くんとの縁談が承諾されてるにも関わらず、本当は俺にするんだと。どちらに転ぶか、その頃はわからなかったけど。……多分、皇はついでだったんだ。最初から。
 保険であれば、切られてもまだ本当の保険がいるから打撃すら与えられない。君がしたことは、ただ自分の時間を短くしただけなんだ。俺という、本当の相手がいたから。