『……おかあ。さん……?』
今思えば、父が君に異常なほど執着しているのがよくわかった。
……よく、似ていたんだ。母が小さくなったのかと思うくらい。
そこで見た君は稽古中で、大の大人たちを鮮やかに投げ飛ばしてた。
『わあ~……!』
綺麗だった。子どもながら見惚れてた。技とかじゃなくて、君のすべてが。俺の胸を躍らせた。
勉強の様子もこっそり覗いてた。でも、俺にはわからないことを君は知っていて。……すごいなって思ってた。
そんな君に追いつきたい一心で、俺はまた勉強も、空手も頑張った。
そしてまた覗きに行った時、君が泣いていたんだ。
会っちゃいけないって言われてた。話しちゃいけないって。だから俺は、どうすることもできなかった。
『……あの子を、守れるくらい……』
強く、なろうと思った。何を、そんなにつらいことがあったんだろう。俺が強くなって聞いてあげたかった。君の支えに、なってあげたかった。
情緒不安定だった君を、あの花畑へ連れて行っていたのも知っていたから、俺もこっそりついて行ったんだ。
……そこでも君は泣いていたね。何をそんなに悲しんでるのか、聞いてあげようと思って、いつも勇気が出なかった。
君が一人であそこに度々行ってた時も、いつもってわけにはいかなかったけど、よくついて行ってたよ。
『ハナちゃんまた泣いてる』
『あ。……るに。ちゃん……』
『(……はなっていうのかな……?)』
君の名前を、その時初めて聞いたんだ。まああとから違うって知ったんだけど。
『(……わらってる……)』
とっても素敵な笑顔で笑ってるのを、ずっと陰から見てた。今思えば完全にストーカーだね俺。
……でも、ちょっと悔しかった。俺が、君の涙を止めてあげたかった。俺に笑顔を向けてみて欲しかった。
だから俺はその時、父に君と話がしたいって言ったんだ。首は横にばかり振られた。
それからあの子のことを話したんだ。『その子はいいのに、なんで自分はダメなのか』……ってさ。
本当に、なんであんなことを言ったのか、すごい後悔した。まさか、あの子のことを消すなんて、誰が思う? まともなら、誰も思ったりしないよ。
そこからだ。父が狂っていると認識しだしたのは。
中学に上がった頃。君の全てを聞いた。
もう一人の君がいることも。婚姻で本当の君が消えてしまうことも。もう一人の君が、何をさせられているのかも。……君が、父に騙されてしてきたことも。
でも、知ってもどうすることもできなかった。それを俺に教えてくれたのは、……エリカさんだった。
『変なこと考えんじゃないわよ? もし、計画を邪魔するようならあ……』
殺されるのかと思った。この世から。でも、違ったんだ。
『お父さんとあの子、……殺しちゃうから』
動けなくなった。その時にはもう……。気づくのが、遅かったんだ。
『藍、喜べ』
そのあと、愉しそうに嗤いながら父がそんなことを言ってきた。
『葵を、お前の嫁にさせてやる』
何もできないまま、俺は君の婚約者になった。
皇くんとの縁談が承諾されてるにも関わらず、本当は俺にするんだと。どちらに転ぶか、その頃はわからなかったけど。……多分、皇はついでだったんだ。最初から。
保険であれば、切られてもまだ本当の保険がいるから打撃すら与えられない。君がしたことは、ただ自分の時間を短くしただけなんだ。俺という、本当の相手がいたから。



