『あおいく~ん? ちょっといいかしら~?』
しばらくして、エリカさんが俺を訪ねてきた。
育児なんて初めだけ。それからはずっと、家政婦さんと一緒だった。
『……あの子、ほしくない?』
言ってる意味がわからなかった。まだ5つの子どもに、何を言っているんだと。
『あざみさんともお話ししたんだけどねえ? 将来、あの子にここを引っ張っていってもらおうと思うの~』
……何を言われるんだと思った。ぎらついた目で、ニヤニヤしながら言ってきた。
『ここを追い出されるのとお、あの子を迎えて役に立たないレッテルを貼られるの。どっちがいい~?』
役に立たない? なんだそれ。レッテル? 何を貼られるんだ。
でも、『追い出す』だけはわかった。役に立たない社員は切り捨てられて、追い出されていたから。
ただ追い出されたくない一心で、エリカさんに泣きついたと思う。……今思えば、そんな自分に反吐が出るけれど。
それから、君が家にやってきた。一応百合も一貫校だったから、俺はそっちに入学させられたんだけど、体調があんまりよくなくてあまり学校へは行けてなかったんだ。
そんな俺のことを気にしてくれるのは、家政婦の人だけだった。父も、もちろんエリカさんも、俺なんかいないもののように扱ってた。
でも、それでよかった。追い出されないだけ、俺はまだここにいていいんだと。……それだけで嬉しかったんだ。
『あおいさんあおいさん! きょうはなにしてあそびますかあ?』
たまに登校する学校も憂鬱だった。いつもひとりだったから。
でも、そんな俺に話しかけてくれたのがカオルだった。製薬会社の息子だったカオルは、どうせ家から俺と親しくなっておくように言われてたんだと思った。
『ええ!? ちがいますよお。ぼくが、あなたとおともだちになりたいんですう』
……カオルは、とにかく変な奴だった。テストの点は100点満点だったはずなのに名前をわざと書かなかったり、Tシャツとズボンを上下逆に着てみたり。
でも、楽しかった。あいつのおかげで俺は、学校に行くのが楽しみになったんだ。
いつも君と、会ってみたいと思ってた。あの、父の隠し撮り写真でしか見たことない君を一目。
でも、一切本邸には近づいちゃいけないって言われてた。今君が使っている別邸は、元々は俺が隔離されていた場所だったんだ。
初めは病気がちだし、それが原因かと思ってた。それなら、強くならないといけないなって頑張った。
それからしばらくして、今まで俺のことなんか気にしてなかった二人がやってきて、百合を好成績で卒業するように言ってきた。
いやいや、冗談言わないでよって思ったけど、それからとことんいろんなことを叩き込まれた。小学校もそんなに行かされないまま、家で学業に専念。でも病気がちなのもあったから、体を強くするために空手も無理矢理やらされた。
今までそんなこと言われたことなかったし、期待されてるんだと思って初めの方は頑張ってたけど、いっつも『使えない』って。どれだけやっても『使えない』。テストで100点取っても『使えない』。
……もう、嫌だった。追い出された方がよかったのかもしれないって思った。
それから俺は、本邸に戻された。その代わり君が、あの別邸に移ったね。君が俺のためを思って言ったって聞いたんだ。……嬉しかった。
確かに俺は、二人に怯えてるところがあって、強要されることはつらかった。けど、俺のことを気にかけてくれる家族がいることが、単純に嬉しかったんだ。
そんな俺はある日、こっそりバレないように別邸に遊びに行った。そこではじめて、ちゃんと君を見たんだ。



