すべてはあの花のために⑦


 父は、常に上を目指すことを強いられていた。


『これからはお前が道明寺を背負っていくんだぞ! わかっているのかっ!?』

『はいっ。……わかって。います』


 前総帥前当主であった祖父、(さかき)に、毎日のように怒鳴られる日々が続いた。父に引き継ぎをし始めた途端、家が傾き始めたからだ。
 父は、元々要領がいい人ではなかった。努力家で、祖父のそんな怒鳴り声も必死に耐えてきて、やっと家を継ぐ準備が整ったんだ。

“――道明寺の名に恥じぬよう”

 祖父の口癖だった。父もそれに応えようと必死だった。


 引き継ぎをしながらも、家を立て直すため、骨身を削って仕事に打ち込んでいた。でも、俺が3つになった頃、祖父が病気で倒れてしまった。
 引き継ぎは中途半端。こんな状態で、社員たちにも不安が募る。

 それでも父は頑張っていた。睡眠時間を削り、祖父の看病をしながら仕事に明け暮れていた。


 エリカさんは、俺の本当の母親じゃないんだ。祖父と馬が合わなかったらしい本当の母親は、父の説得も虚しく、俺がはじめて『お母さん』って言えたあと、この家から出て行った。
 だから父は、俺のことも必死で育ててきてくれた。殆どを家政婦さんと過ごしてきたけど、……一日一回は必ず、俺に会いに来てくれるやさしい人だったんだ。


 ……でも、父も限界だった。
 看病、子育て、会社の建て直し。急に当主にならざるを得なかった父には、会社の人たちには不安にさせないよう常に気を張っていたけど、社員が父を見る目は冷たく、肩身が狭い思いをしていた。

 祖父の病気は脳出血。手術をして命は取り留めたものの、半身麻痺で介護が常に必要だった。
 使用人ももちろんいた。でもなるべくは、自分が祖父の面倒を看たいと、そう言っていた。それだけ、家族思いのやさしい人だったんだ。

 俺のところにも毎日来て、必ず絵本を読んでくれた。そのあと俺が寝るまでついててくれて、頭を必ず撫でて仕事に戻ってたんだ。


 倒れる限界まで働いていた父に、新しく父に付いた……と言っても、母がまだ家にいた頃だけど。その秘書から、ある女性を紹介された。それが、今の母親。エリカさん。せめて介護の負担でも減らせるように、家に迎え入れてはどうかと、提案されたそうなんだ。

 初めは、父も断っていたよ。今のままで自分はいいんだと。新しい奥さんなどいらないと。……母さんのことを、本当に愛していたから。
 だから、出て行くことも引き止められなかった。ここで、窮屈な思いをして欲しくなかったんだ。

 でも秘書は、今度は俺を引き合いに出した。小さい子どもには、母親が必要なんだと。だから、会ってみるだけでもいいからと。


 そこまで家族のことを必死に考えてくれる秘書に背中を押され、父はエリカさんに会うことにしたんだ。
 ……それが、もう間違った選択だった。


 エリカさんは、ある政治家の娘だった。知識にも富んでいて、陽気で明るい女性だった。介護福祉士の資格も持っているみたいで、介護も任せて欲しいと。是非仕事のサポートもさせて欲しいと。小さなこどもも大好きだからと。
 一度話は保留にして、父は俺に相談しに来てくれた。俺は、父の負担が少しでもなくなるのならそれでいいと思って、エリカさんを迎え入れることに背中を押してあげた。

 それからエリカさんが家に来て、……何もかも、崩れていったんだ。