それからいろんな話をしたけれど、葵が弱音を吐くことはなかった。
『……あおいさん』
「それから…………あ! やっぱり一番はモエモエ事件」
『あおいさん』
話している最中に、彼に咎めるような声で止められる。
『……吐いて、いただけませんか』
「え?」
『つらいと。苦しいと。……そう言ってくださいよ』
「怪盗さん……」
『……もう、私にも話してはくれないんですね』
「……声に、出します」
『え?』
「ごめんなさい怪盗さん。……やっぱり、人には言いたくなくて。でも『声に出せー!!』って。熱血教師的なことはあれからもよく言われていて」
『え?』
「だから、ちゃんと声には出します。……わたしの今の気持ち、全部」
『……そう、ですか』
「はい。……聞いて欲しい子がいるので」
『え? 人の前では言わないんじゃ……』
「はい。……人では、ないので」
『……あなたが、それでいいのなら』
「十分です。ありがとうございますっ」
その時、廊下の外から台車を押すような音が聞こえてきた。きっと彼が、腕によりをかけて美味しいものを作ってきてくれたのだろう。
「あ。不味い……」
『どうかされたんですか?』
「……怪盗さん。覚えてますか?」
『え?』
「きちんと自己紹介するって。賭けに負けたら、ちゃんと言います」
『……はい』
「だから……最後に。声が聞けてよかった」
『……あおいさん? 最後って……』
「それじゃあ、怪盗さん」
『待って! あおいさん……!』
「ふふっ。……また、会ってくださいね?」
『……っ。あおい――――』
葵は小さく笑ったあと、はじめて自分から電話を切った。
「……あーあ。『また』って、言っちゃった……」
……信じてる。でも、やっぱり怖いんだ。
「大丈夫。……大丈夫だ」
小さく鳴ったノック音に返事を返す。
ガチャリと音を立てて、部屋の扉が開いた。
――――――…………
――――……



