すべてはあの花のために⑦


 それからいろんな話をしたけれど、葵が弱音を吐くことはなかった。


『……あおいさん』

「それから…………あ! やっぱり一番はモエモエ事件」

『あおいさん』


 話している最中に、彼に咎めるような声で止められる。


『……吐いて、いただけませんか』

「え?」

『つらいと。苦しいと。……そう言ってくださいよ』

「怪盗さん……」

『……もう、私にも話してはくれないんですね』

「……声に、出します」

『え?』

「ごめんなさい怪盗さん。……やっぱり、人には言いたくなくて。でも『声に出せー!!』って。熱血教師的なことはあれからもよく言われていて」

『え?』

「だから、ちゃんと声には出します。……わたしの今の気持ち、全部」

『……そう、ですか』

「はい。……聞いて欲しい子がいるので」

『え? 人の前では言わないんじゃ……』

「はい。……人では、ないので」

『……あなたが、それでいいのなら』

「十分です。ありがとうございますっ」


 その時、廊下の外から台車を押すような音が聞こえてきた。きっと彼が、腕によりをかけて美味しいものを作ってきてくれたのだろう。


「あ。不味い……」

『どうかされたんですか?』

「……怪盗さん。覚えてますか?」

『え?』

「きちんと自己紹介するって。賭けに負けたら、ちゃんと言います」

『……はい』

「だから……最後に。声が聞けてよかった」

『……あおいさん? 最後って……』

「それじゃあ、怪盗さん」

『待って! あおいさん……!』

「ふふっ。……また(、、)、会ってくださいね?」

『……っ。あおい――――』


 葵は小さく笑ったあと、はじめて自分から電話を切った。


「……あーあ。『また』って、言っちゃった……」


 ……信じてる。でも、やっぱり怖いんだ。


「大丈夫。……大丈夫だ」


 小さく鳴ったノック音に返事を返す。
 ガチャリと音を立てて、部屋の扉が開いた。


 ――――――…………
 ――――……