『……そんな。馬鹿な話が……』
『これはすべて事実だ。嘘偽りなどない』
でも、あの子がそんなことをするとは思えないし、どこからどう見ても。
『(……主犯はこいつ。葵は恐らく、そうせざるを得なかった)』
さっき、頭が切れると言っていた。
自分よりまだ小さくて、頭がいい人なんか見たことなかったけど、……それは追々知ればいい。
『ほう? てっきり話を聞いたらあいつを殺しにでも行くと思ったがな』
『ちゃんと理解してやれば、そんな気など起こさない』
そう言うシントの目は、怒りでぎらついている。
『……随分と懐いた黒猫だ。それでもお前は、ここであいつの執事をすると?』
『ああ』
『自分の弟が欲しいがために誘拐しようとした主犯に仕えると?』
『だったら?』
『母親を植物状態にし、父親までを壊し、お前を追われる身とした奴に奉仕するのか?』
『葵は俺の命の恩人だ。……たとえあんたの話が本当だとしても、俺は葵を信じてる』
シントの瞳の奥は、それだけで人一人殺してしまえるほどの殺気しか放っていなかった。
『……ふっ。ふふふはははは!! 面白い!! これは面白い!』
そうしていると、誰かが何かをアザミに渡し、すぐに去って行った。
『契約書だ』
『……なん、だよ。これ……』
そこに書かれていたのは、自分がする仕事内容と葵のこと。給料とかも書いてあったけど……。……衝撃、だった。
『こんな、雇用契約書。罷り通るわけが……』
何枚も。何枚も、綴ってあった。
『きちんと読め。隅から隅まで。それでもしたいと思うなら、あいつの専属執事として雇ってやろう。まあ、すでに事情を知ったものを、タダでは返さないが。……そうだな。お前が恐れて逃げてきたことをしてやろう』
『……読むに決まってるだろ。でも、俺はもう決めている』
そう言ってシントは、先に名前を書いて契約書を読み出した。
『……ふっ。ふははは! 私の部屋は突き当たりの右側だ。読み終わり次第持ってきなさい』
嗤いながら出て行くアザミの後ろ姿が見えなくなるまで、シントは殺気の目で睨み付けていた。
『……っ、あおい……』
読めば読むほど、涙が出そうだった。
『なんで。お前はっ……』
自分なんか、彼女に比べたら……。
『……絶対に助けてやる。俺が、お前を助けてやる……!』
たとえ犯罪に手を染めようとも容易い。彼女のためだと思ったらなんだってできる。
この家の、そういう話があることは父から聞いていた。その真実を知っても尚、意思は揺るがない。
公言するな? 当たり前だ。こんなこと言ったら、一番つらいのは葵自身だ。
書かれている内容はすべて、道明寺側で書かれている内容。しかも恐らく……いや、絶対に葵を騙して利用したとしか考えられない。
『……あんなやさしい子にっ。こんなこと、させんなっ……』
俺が代わってやる。もう、つらい思いなんてさせないよ、葵。
『絶対救ってやる。離れたりなんかするもんか……!』
シントは、読み終わった契約書をくしゃくしゃに握り潰した。



