すべてはあの花のために⑦


『……ハナちゃんさー』

『……。ん……? なあに……?』


 頭を撫でながら、ルニは小さな声で尋ねた。


『ちゅーはじめてだった?』

『……!?!?』

『え』

『……はっ。はじ、めてで。……でもっ。口と口はっ。……特別な人じゃ、ないとっ。ダメって。聞いて……』

『……あたしは?』

『……??』

『特別じゃ、ないの……?』

『え? ええ……? る、るにちゃん……??』


 何故だろう。だんだん顔が近寄ってくるんですけど。


『あたし、ハナちゃん好きだよ? 特別。ハナちゃんもでしょ?』

『で、でもっ。女の子、同士……』

『……ハナちゃん、知らないの? れずって』

『え? ……なにそれ』

『女の子同士が、こういうことするの。……んっ』

『……!!』


 ルニは、葵のほっぺたにキスを落とす。


『真っ赤だ。……かわいいハナちゃん』

『る、るにちゃん……』


 こ、こういうことって恋人同士がするものじゃないの……?


『はは。冗談だよ? 慌ててる~』

『え!? ……る、るにちゃん……!』


 そんな軽い調子のルニに、葵は思いっきり飛びかかってくすぐりまくった。


『や。やめっ。……はなちゃん! すとっぷ……!』

『いやだよ~ん。こちょこちょこちょ~』


 結局、ルニが酸欠で倒れそうになる直前までくすぐった。


『それじゃあね! ルニちゃん!』

『……次会ったら、絶対一番にハナちゃんくすぐるから』


 いつもの分かれ道に来てちょっと離れて、一度振り返る。


『それじゃあまたね! ルニちゃん!』

『またね。ハナちゃん』


 そうやって手を振って帰る。でも、いっつもなかなか二人とも帰らなくって、いっせーのっせ! で振り返ってから歩き出す。


『(今日はルニちゃんにいじられちゃったから、一回振り返って、すぐに振り返るんだ~)』


 なんだか勝った気分になれそうな気がするから。葵は振り返ってすぐ、もう一度ルニのいる方へと振り返った。


『…………え?』

『あーあ。ばれちゃった』


 振り返ったら、ルニがこっちを向いていた。


『ほらハナちゃん。早く帰って? 帰れないから』

『え? ……え? る、……るにちゃん……?』


 なんで、こっちを向いているの? もしかして、今までずっと……。


『……帰らないと、またちゅーするぞ』

『……!! か、帰る!! ……ま、また。ね……?』


 ダダダーッと葵は走って帰ったけれど。


『(……い、今までずっと。見送ってくれてたの、かな……)』


 そうじゃないかもしれないのに、なんだか心の奥が、じわっとあったかくなった。



 けれど、この日を最後に、ルニはあの場所に来ることはなかった。