つい嬉しくなりながら、少女に尋ねた。けれど少女は、何かを悩んでいるようだった。
『……どう、かな……?』
何も言わない少女に、不安になってしまう。
『……ハナちゃんの名前はひまわり?』
『――……!!』
『ちがう? あ、そっか。言いたくないんだっけ』
『え。……な、なんで……?』
『? だって、自分のお花の名前なんでしょ? だから単純にそうかと思っただけ』
『……そ、か』
一瞬、ドキッとした。いや、呼ばれるかと思っただけだけど……。でも、これだけじゃきっとわからないから。
『(言えたら、いいのに。……絵にするのが精一杯だった)』
描いてる最中も、胸の奥の方が冷たくなっていったのがわかった。
『(だから、汚く描くので精一杯だったんだ)』
ま、そんな上手に描けなかったのもあるけど。
そんなことを思ってると、『そっか』と、少女から漏れた。
『……あれ? だめ、かな。やっぱり』
『ううん。そう呼んで? うれしかったから』
そう言って、少女改めルニは、ふんわり嬉しそうに笑ってくれた。
『え!? ほんと!?』
『うん』
『ほんとにほんと!?』
『え。う、うん』
『ど、……どうしてうれしかったの……?』
葵がそう言うと、ルニはちょっと照れくさそうに笑った。
『は、……ハナちゃんの名前。くれた、から……』
『……!!』
それだけで喜んでもらえるなんて。
『ルニちゃん!』
『ん? なに?』
『わー! ルニちゃんっ!』
『……なあに? ハナちゃん』
何度も何度も呼んであげた。きっと、だいぶしつこかったと思う。
でも、葵が笑顔でそう呼んでくれるのが嬉しいのか、ルニも嬉しそうに笑ってくれていた。
『でも、なんでロシア語? ハナちゃん賢いんだね』
『あ。……あのね。ちょっとだけ、ロシアに行ってた時があったの』
『え? すごい。ハナちゃんのお家はお金持ち?』
『ま、まっさか~。た、たまたま、だよ??』
その動揺は、ジト目を向けてくるルニには恐らくバレていただろうけれど。
それから葵は、この花畑に来たらルニに会えると思って、勉強がない日は毎日のように家を飛び出してここへ来ていた。ルニも会うのが楽しみなのか、いつも来たらひょっこり現れてくれた。
帰る時間になったら、いつも『またね』と言って帰ってた。
『……うん。決めた! 決めたよヒイノさん! ミズカさん!』
葵は、次に会った時、ルニに絵本を渡そうと決めた。
また今日も、勉強が終わったら花畑に行こうと思っていた。
『ちゃんと勉強はしているのか』
アザミにそう聞かれる。
『はい。ちゃんとしています』
葵は真顔でそう返す。でもアザミの目の奥は、嗤っているような気がした。
『きちんとしていないと、あとで困るのはお前だからな』
『……はい』
ここに来てしばらく経った頃、単身でロシアの学校に入れられた。わざわざロシアという時点でもしかしてと思ったけど、やはりそういう学校だった。
『(……なんでわたしが、スパイみたいなことを学ばにゃならんのだ!)』
それでも、行事があったのは嬉しかった。
葵の能力の高さから、あっという間に卒業して帰ってきたが、その時の体育祭に大爆笑。
『(わたしが来たからって、浴衣着たんだよね)』
実際笑ったのはその時ぐらい。そんなこと学びたくなんてなかったけど、早く帰りたかったのは事実。
『(……もう。嘘のパスポートなんか。使いたくなかった……)』
道明寺など、仮の名前。今の葵には仮で十分だと、赤に代わってから正式に手続きをすると言われてきた。
『(道明寺葵なんてこの世にいない。……そんな偽物なんて、これっきりだっ)』
超特急で帰ってきたはいいものの、やっぱり赤には仕事を、葵には教養をされていた。
そんなひとときの幸せが、ルニに会うことだった。それがないと、生きている心地など感じなかった。



