すべてはあの花のために⑦


「あたしは、あっちゃんが叶えた『願い』を知ってるの」


 各々からの驚きの声が漏れる。知っていることに関しても。そして、それを『叶えた』ことに関しても。
 キサは、「取り敢えず」と続きを話す。


「菊ちゃんが言ってたのは」


『ある病を抱えたとてもかわいそうな少女なんだ』
『いずれ黒い花を咲かすだろう。赤い花と混じってしまうから。彼女の花は開かないまま、色付くことなく蕾のまま枯れて……おしまい』
『本当に一番苦しんでるのはあの子だってことだ』


「え。キザー……」


 声を出したのはシントだったけど、そう思ったのは恐らくみんなだろう。考えてもみろ。あの……キクだぞ。


「いや信人さん? 俺にも菊はこう言ってきましたから」

「え。朝倉先生キモい……」

「いやいや、菊じゃなくて悪いのは理事長ですよ」

「……ああ、あの人も言える範囲でそう言ったってことね」


 シントは納得していたけれど、みんなはキクがそんな言い方をしたと知って鳥肌が立っていた。


「杜真は? 菊ちゃんにそう教えてもらったのはいつ?」

「ん? お前との結婚式の前。お前を進める前だよ」

「そっか。ならあたしの方が遅い、か」

「紀紗は? いつ菊から聞いた?」

「徳島からこっちに帰ってきて、あっちゃんが理事長と話してる時」

「……そういえばあいつ、あの時用事があるっつって学校戻ってたよな?」


 記憶を手繰り寄せながら言うチカゼに、みんなも確かにそうだったと頷く。


「その用事が、理事長に報告をすることだったの」

「報告? きーちゃん、何の報告?」


 ちらり、キサはトーマとシントを見る。言ってもいいものだろうかと、悩んでいるようだ。


「……もう、大丈夫ですか?」

「うん。頑張って隠してくれてありがとう。お疲れ様。あと杜真くんも」

「なんでついでみたいに言うんですか……」


 三人のやりとりの最中も、みんなは眉を顰めていた。そんなみんなをぐるっと見渡して、キサはゆっくりと息を吐くように答える。


「……あっちゃんは、理事長の『願い』を叶えていたからだよ」


『願い』自体を知ってはいても、その内容も、そしてそれが誰のものなのかも、知らなかった。ただ葵が『願い』を叶えているというだけで。


「そっか。じゃあ紀紗も『願い』を言われた?」

「うん。あたしは、杜真も言われたって知ってたけどね」

「そう。だから今はどうか知らないけど、あの時一番知ってたのは紀紗ちゃんだった。晴れてその『願い』も無事に葵は叶えたみたいだし。よかったよかった」


 シントは「わーい!」と喜びながらそう言うけど、みんなは全然納得してないようだ。まあ、それもそうだろう。


「もちろん朝倉先生は除外してだよ? だって、担任だもん。家のことも少しは知ってるし。スタート地点が違うし」

「信人さん。俺らは別に菊のことで納得してないわけじゃないです」

「しんとサン。その、願いについてはもう叶え終わったんでしょう? 内容は、教えてはもらえないんでしょうか」


『願い』を知ってるツバサとアカネ。特にアカネは、ここぞとばかりに突っ込んだ質問を投げ掛ける。そんなアカネに、シントは嬉しそうに笑みを零した。


「うん。大丈夫だよ茜くん。あの時はまだ叶え終わってなかったからね。……頑張って聞いてくれて、ありがとう」

「……おれはもう、あおいチャンには言ったので」

「それも知ってるよ。だから、改めて。ありがとう」

「……っ、はい」


 小さく震えるその肩は、尋常ではない覚悟で葵に伝えたのだとわかる。


「それじゃ杜真くん。葵が『叶えた願い』を教えてあげてくれる?」

「……いいですけど」


 トーマは、みんなを見渡す。

 ここにいるのは、あの頃とは違う彼ら。
 それがトーマも嬉しくて、心の中で葵にもう一度感謝をした。


「みんな、変えてもらったんじゃないの? 葵ちゃんに」


 その一言に、十分『叶えた願い』が詰まっていた。