「あたしは、あっちゃんが叶えた『願い』を知ってるの」
各々からの驚きの声が漏れる。知っていることに関しても。そして、それを『叶えた』ことに関しても。
キサは、「取り敢えず」と続きを話す。
「菊ちゃんが言ってたのは」
『ある病を抱えたとてもかわいそうな少女なんだ』
『いずれ黒い花を咲かすだろう。赤い花と混じってしまうから。彼女の花は開かないまま、色付くことなく蕾のまま枯れて……おしまい』
『本当に一番苦しんでるのはあの子だってことだ』
「え。キザー……」
声を出したのはシントだったけど、そう思ったのは恐らくみんなだろう。考えてもみろ。あの……キクだぞ。
「いや信人さん? 俺にも菊はこう言ってきましたから」
「え。朝倉先生キモい……」
「いやいや、菊じゃなくて悪いのは理事長ですよ」
「……ああ、あの人も言える範囲でそう言ったってことね」
シントは納得していたけれど、みんなはキクがそんな言い方をしたと知って鳥肌が立っていた。
「杜真は? 菊ちゃんにそう教えてもらったのはいつ?」
「ん? お前との結婚式の前。お前を進める前だよ」
「そっか。ならあたしの方が遅い、か」
「紀紗は? いつ菊から聞いた?」
「徳島からこっちに帰ってきて、あっちゃんが理事長と話してる時」
「……そういえばあいつ、あの時用事があるっつって学校戻ってたよな?」
記憶を手繰り寄せながら言うチカゼに、みんなも確かにそうだったと頷く。
「その用事が、理事長に報告をすることだったの」
「報告? きーちゃん、何の報告?」
ちらり、キサはトーマとシントを見る。言ってもいいものだろうかと、悩んでいるようだ。
「……もう、大丈夫ですか?」
「うん。頑張って隠してくれてありがとう。お疲れ様。あと杜真くんも」
「なんでついでみたいに言うんですか……」
三人のやりとりの最中も、みんなは眉を顰めていた。そんなみんなをぐるっと見渡して、キサはゆっくりと息を吐くように答える。
「……あっちゃんは、理事長の『願い』を叶えていたからだよ」
『願い』自体を知ってはいても、その内容も、そしてそれが誰のものなのかも、知らなかった。ただ葵が『願い』を叶えているというだけで。
「そっか。じゃあ紀紗も『願い』を言われた?」
「うん。あたしは、杜真も言われたって知ってたけどね」
「そう。だから今はどうか知らないけど、あの時一番知ってたのは紀紗ちゃんだった。晴れてその『願い』も無事に葵は叶えたみたいだし。よかったよかった」
シントは「わーい!」と喜びながらそう言うけど、みんなは全然納得してないようだ。まあ、それもそうだろう。
「もちろん朝倉先生は除外してだよ? だって、担任だもん。家のことも少しは知ってるし。スタート地点が違うし」
「信人さん。俺らは別に菊のことで納得してないわけじゃないです」
「しんとサン。その、願いについてはもう叶え終わったんでしょう? 内容は、教えてはもらえないんでしょうか」
『願い』を知ってるツバサとアカネ。特にアカネは、ここぞとばかりに突っ込んだ質問を投げ掛ける。そんなアカネに、シントは嬉しそうに笑みを零した。
「うん。大丈夫だよ茜くん。あの時はまだ叶え終わってなかったからね。……頑張って聞いてくれて、ありがとう」
「……おれはもう、あおいチャンには言ったので」
「それも知ってるよ。だから、改めて。ありがとう」
「……っ、はい」
小さく震えるその肩は、尋常ではない覚悟で葵に伝えたのだとわかる。
「それじゃ杜真くん。葵が『叶えた願い』を教えてあげてくれる?」
「……いいですけど」
トーマは、みんなを見渡す。
ここにいるのは、あの頃とは違う彼ら。
それがトーマも嬉しくて、心の中で葵にもう一度感謝をした。
「みんな、変えてもらったんじゃないの? 葵ちゃんに」
その一言に、十分『叶えた願い』が詰まっていた。



