すべてはあの花のために⑦


 それから二人は、アザミに引き取られるまでの間、一生懸命葵にいろんなことを教えました。葵は、もうこんなことがなくなってしまうかと思うと、寂しい気持ちでいっぱいです。


『(……これでいい。これで二人はしあわせになれるんだから……)』


 葵も、二人の教えを今まで以上に吸収していきました。


『あおいちゃん……』


 ヒイノは、少し控えめに葵のことを呼ぶ。


『……? なんですか? ひいのさん』


 もう仮面なんてやめた。だって、もう最後なんだから。ありのままの自分でいたいから。
 葵の笑顔を見て、少しほっとしたような顔になったヒイノは、そっと近づいてきて葵の横に座る。


『……あのね? あおいちゃん、わたしたちのこと嫌いになっちゃったのかなって思って』


 悲しそうに聞くヒイノに、葵がビックリする。


『そんなことあるわけないじゃないですか! 二人には、しあわせになってもらいたいんです』

『わたしたちの幸せは、あおいちゃんがいないとなれないのよ……?』


 そう言ってくれるヒイノに、涙が出そうになる。


『ありがとう、ひいのさん。……わたしも、二人といっしょならしあわせになれるんじゃないかなって、そう思います』

『……っ、なら……!』

『でも、もっとたくさん。知らないこと、知りたいんです』

『……。っ……』

『それに、あそこだったらわたしの花、さかせられるんじゃないかなって思って』

『ここでも咲かせられるわ……!?』

『……ありがとうございます。とっても楽しいおためしきかんでした』

『……っ、あおいちゃんっ……』


 ぎゅっと、ヒイノの細い腕で、力強く抱き締められる。


『(……そっか。もう、こんなことも、ないんだ……)』


 葵も、短い腕をヒイノの背中にまわして抱き締め返した。


『……あおいちゃん? お願いが、あるの……』

『……?』


 そう言ってヒイノが取り出したのは、描きかけの絵本だった。


『どうしても、完成させたいの。あおいちゃんのこと、いっぱい詰めておいてあげたいの』


 そう言ってくるヒイノの目はとても真剣で、葵は身動きができなかった。


『……。ひいの、さん』


 これで。もう最後だ。
 言いたい、自分のこと。ちゃんと、わかってくれる二人には。……言っておきたい。


『……か、いて』

『……あおいちゃん?』

『ひいのさん。……わたしのこと、描いて……?』

『……もちろんよ?』

『わたしのことっ。おぼえててくださいっ。……わたしっ。きえちゃう。から……』

『え? え……? あおいちゃん? どういうこと……?!』


 それから葵は、今まで自分が生まれ、捨てられ、もう一人の自分が生まれ、時間が限られていることを伝えた。


『ううぅ~……』

『……なんで、そんな大事なこと。言ってくれなかったの……?』

『……しんぱいっ。かけたく、なくてっ……』

『あおいちゃん……っ』

『だいじなんですっ。……たいせつ、なんです。ふたりが。……だいすきなんですっ』

『……わたしもよ? あの人も、もちろん』


 葵をそっと、やさしく抱き締める。


『あなたのこと、ここを出るまでにちゃんと絵本にするからね』

『……うん。あり、がとう』

『これがあれば、絶対に覚えていられるからね? 絶対にあおいちゃんは、消えないんだからね?』

『……っ、はいっ。あり、がとう……』


 葵も、ヒイノに抱きつきながら、涙を流していた。