それから二人は、アザミに引き取られるまでの間、一生懸命葵にいろんなことを教えました。葵は、もうこんなことがなくなってしまうかと思うと、寂しい気持ちでいっぱいです。
『(……これでいい。これで二人はしあわせになれるんだから……)』
葵も、二人の教えを今まで以上に吸収していきました。
『あおいちゃん……』
ヒイノは、少し控えめに葵のことを呼ぶ。
『……? なんですか? ひいのさん』
もう仮面なんてやめた。だって、もう最後なんだから。ありのままの自分でいたいから。
葵の笑顔を見て、少しほっとしたような顔になったヒイノは、そっと近づいてきて葵の横に座る。
『……あのね? あおいちゃん、わたしたちのこと嫌いになっちゃったのかなって思って』
悲しそうに聞くヒイノに、葵がビックリする。
『そんなことあるわけないじゃないですか! 二人には、しあわせになってもらいたいんです』
『わたしたちの幸せは、あおいちゃんがいないとなれないのよ……?』
そう言ってくれるヒイノに、涙が出そうになる。
『ありがとう、ひいのさん。……わたしも、二人といっしょならしあわせになれるんじゃないかなって、そう思います』
『……っ、なら……!』
『でも、もっとたくさん。知らないこと、知りたいんです』
『……。っ……』
『それに、あそこだったらわたしの花、さかせられるんじゃないかなって思って』
『ここでも咲かせられるわ……!?』
『……ありがとうございます。とっても楽しいおためしきかんでした』
『……っ、あおいちゃんっ……』
ぎゅっと、ヒイノの細い腕で、力強く抱き締められる。
『(……そっか。もう、こんなことも、ないんだ……)』
葵も、短い腕をヒイノの背中にまわして抱き締め返した。
『……あおいちゃん? お願いが、あるの……』
『……?』
そう言ってヒイノが取り出したのは、描きかけの絵本だった。
『どうしても、完成させたいの。あおいちゃんのこと、いっぱい詰めておいてあげたいの』
そう言ってくるヒイノの目はとても真剣で、葵は身動きができなかった。
『……。ひいの、さん』
これで。もう最後だ。
言いたい、自分のこと。ちゃんと、わかってくれる二人には。……言っておきたい。
『……か、いて』
『……あおいちゃん?』
『ひいのさん。……わたしのこと、描いて……?』
『……もちろんよ?』
『わたしのことっ。おぼえててくださいっ。……わたしっ。きえちゃう。から……』
『え? え……? あおいちゃん? どういうこと……?!』
それから葵は、今まで自分が生まれ、捨てられ、もう一人の自分が生まれ、時間が限られていることを伝えた。
『ううぅ~……』
『……なんで、そんな大事なこと。言ってくれなかったの……?』
『……しんぱいっ。かけたく、なくてっ……』
『あおいちゃん……っ』
『だいじなんですっ。……たいせつ、なんです。ふたりが。……だいすきなんですっ』
『……わたしもよ? あの人も、もちろん』
葵をそっと、やさしく抱き締める。
『あなたのこと、ここを出るまでにちゃんと絵本にするからね』
『……うん。あり、がとう』
『これがあれば、絶対に覚えていられるからね? 絶対にあおいちゃんは、消えないんだからね?』
『……っ、はいっ。あり、がとう……』
葵も、ヒイノに抱きつきながら、涙を流していた。



