すべてはあの花のために⑦


 それから葵は、あのことはもう口に出しませんでした。


『(わたしだけでいい。……二人が知ったら。また。おとうさんと、おかあさんみたいに……)』


 前の家の最後に着けていた仮面を着け、知らない振りをしていました。
 花壇は荒れ、葵は落ち着いてから片付けや掃除をしましたが、何度ミズカやヒイノに言われても、もう花は育てることはしませんでした。


『(……やっぱり、わたしが悪いんだ。わたしといると。みんながふこうになる……)』


 もしかして、自分は悪魔の子なのかと思いました。だったらと思って、木の枝を拾って十字架を作ったり、お外で自分に塩を掛けたり。できることはしました。


『………………』


 最近ぼーっとすることも多くなり、口数も減り、ご飯も残し、また暴れることが増えた葵を二人は心配していました。
 でもそのたびに、葵が嘘の笑顔を貼り付けてくるので、二人は踏み込んであげることができませんでした。


『あおいちゃん……』

『ひのちゃん。……オレらは、できることをしてあげよう』


 そんな二人もただ葵のことを見守ることしかできなかった時、またアザミが家を訪れました。


『こんにちはあおいちゃん』

『……あざみ、さん……』

『あ。『ざ』って言えるようになったんだね』

『………………』


 どこか暗い葵に、アザミは親身になって話を聞いてあげることにした。


『……わたしのせいで。ふたりが。……仲、悪くなったら……』

『あおいちゃんのせいじゃないよ』

『きっとわたしはっ。あくまの子、なんですっ。……だれも。しあわせに、できない。……ふこうしか。ない……っ』


 涙を堪えながらそういう葵の背中を摩りながら、覗き込むようにアザミは視線を合わせる。


『私のところへおいで?』

『……え?』

『君が来てくれたら、私はとっても幸せになれるんだ』


「(だ、だめ……ッ!!)」


『……。だめ、です』

『……どうして?』

『……。あざみさんまで。わたしはふこうにしてしまうかもしれない……』

『大丈夫だ。現に私はあおいちゃんにたくさん助けてもらった。君がいれば、私は幸せなんだよ』


 アザミは嬉しそうに笑いかけてくる。そうとは限らないのに、どうしてそんなことを言ってくれるのだろう。


『私のところなら、もっと君の知らないことがまだまだあるはずだ。……もしよかったら、私のところで咲かせられなかった君の花を咲かしてみないかい?』


 アザミは、今は何もない花壇を指差しながらそう言う。


「(やめてっ。……だめっ。こんなのっ。……見たく、ないっ……)」


『……お花。さかせたかったんです』

『……そっか』

『二人が。……だいすき、なんです。たいせつ、なんです』

『……そう』

『これ以上、一緒にいたら。……二人がふこうになるの。いやなんです』

『あおいちゃん……』

『……お花、さかせられるでしょうか』

『……ああ、もちろんだ』


 葵の見えないところで、嬉しそうに嗤う。


『……あざみさんは、わたしがひつよう、なんですか……?』

『ああ。君がいい。君じゃないと嫌なんだ』

『……ふこうに。なっちゃうかもしれないのに……?』

『そんなことはない。君がいれば、絶対に私は幸せになれる』

『……そう、かな……』

『……あおいちゃん? ゆっくりでいい。また返事聞かせてくれるかい?』

『……はい。ちょっと、かんがえて、いいですか……?』

『ああ。もちろんだよ』


 そう言ってアザミは、その日は家に入らず、葵の頭を撫でて帰って行った。