それから葵は、あのことはもう口に出しませんでした。
『(わたしだけでいい。……二人が知ったら。また。おとうさんと、おかあさんみたいに……)』
前の家の最後に着けていた仮面を着け、知らない振りをしていました。
花壇は荒れ、葵は落ち着いてから片付けや掃除をしましたが、何度ミズカやヒイノに言われても、もう花は育てることはしませんでした。
『(……やっぱり、わたしが悪いんだ。わたしといると。みんながふこうになる……)』
もしかして、自分は悪魔の子なのかと思いました。だったらと思って、木の枝を拾って十字架を作ったり、お外で自分に塩を掛けたり。できることはしました。
『………………』
最近ぼーっとすることも多くなり、口数も減り、ご飯も残し、また暴れることが増えた葵を二人は心配していました。
でもそのたびに、葵が嘘の笑顔を貼り付けてくるので、二人は踏み込んであげることができませんでした。
『あおいちゃん……』
『ひのちゃん。……オレらは、できることをしてあげよう』
そんな二人もただ葵のことを見守ることしかできなかった時、またアザミが家を訪れました。
『こんにちはあおいちゃん』
『……あざみ、さん……』
『あ。『ざ』って言えるようになったんだね』
『………………』
どこか暗い葵に、アザミは親身になって話を聞いてあげることにした。
『……わたしのせいで。ふたりが。……仲、悪くなったら……』
『あおいちゃんのせいじゃないよ』
『きっとわたしはっ。あくまの子、なんですっ。……だれも。しあわせに、できない。……ふこうしか。ない……っ』
涙を堪えながらそういう葵の背中を摩りながら、覗き込むようにアザミは視線を合わせる。
『私のところへおいで?』
『……え?』
『君が来てくれたら、私はとっても幸せになれるんだ』
「(だ、だめ……ッ!!)」
『……。だめ、です』
『……どうして?』
『……。あざみさんまで。わたしはふこうにしてしまうかもしれない……』
『大丈夫だ。現に私はあおいちゃんにたくさん助けてもらった。君がいれば、私は幸せなんだよ』
アザミは嬉しそうに笑いかけてくる。そうとは限らないのに、どうしてそんなことを言ってくれるのだろう。
『私のところなら、もっと君の知らないことがまだまだあるはずだ。……もしよかったら、私のところで咲かせられなかった君の花を咲かしてみないかい?』
アザミは、今は何もない花壇を指差しながらそう言う。
「(やめてっ。……だめっ。こんなのっ。……見たく、ないっ……)」
『……お花。さかせたかったんです』
『……そっか』
『二人が。……だいすき、なんです。たいせつ、なんです』
『……そう』
『これ以上、一緒にいたら。……二人がふこうになるの。いやなんです』
『あおいちゃん……』
『……お花、さかせられるでしょうか』
『……ああ、もちろんだ』
葵の見えないところで、嬉しそうに嗤う。
『……あざみさんは、わたしがひつよう、なんですか……?』
『ああ。君がいい。君じゃないと嫌なんだ』
『……ふこうに。なっちゃうかもしれないのに……?』
『そんなことはない。君がいれば、絶対に私は幸せになれる』
『……そう、かな……』
『……あおいちゃん? ゆっくりでいい。また返事聞かせてくれるかい?』
『……はい。ちょっと、かんがえて、いいですか……?』
『ああ。もちろんだよ』
そう言ってアザミは、その日は家に入らず、葵の頭を撫でて帰って行った。



