すべてはあの花のために⑦


『実はわたし、赤ちゃんが産めないの』

『……え?』

『ひのちゃん……』


 葵の手を取って、女の人が自分のお腹にそれを当てる。


『だからね? あなたがわたしたちの子供になってくれたら嬉しいなーって思ったんだけど』

『え。……で、でも……』

『ずっと二人で暮らすのも楽しいけど、きっとお嬢ちゃんがいてくれると、この家ももーっと楽しくなると思うんだ』


 そう言って男の人が、わしゃわしゃ頭を撫でてくれる。


『……たのしく。ないかもしれない……』

『じゃあ、お試し期間っていうのはどう?』

『『おためしきかん??』』

『なんであなたまでひらがななのよ……』


 葵と同じように男の人が首を傾げる。


『わたしたちのこどもに、あなたがなりたいって思ってくれたら、本当にここで一緒に暮らしましょう』

『え?』

『そういうことか。……うん。無理矢理ってわけじゃないんだ。選ぶのはお嬢ちゃん。……行くとこがないんだろ? ここが嫌になったら、行く場所を探すまでの間ってことにしておけばいい』

『え? え……??』

『出て行きたいと思ったら、いつでも言ってくれたらいいわ? でも、きっと楽しいわよ?』

『そうそう。他のところなんか、行きたいと思わないだろうな』

『え? えー……?』


 二人が正気なのか、心配になってしまった。


『そんなに深く考えなくていいのよ』

『(けっこうじゅうだいなもんだいだとおもうんですけど……)』

『これも何かの縁だ! お嬢ちゃん!!』

『え、えん……(そんなたんじゅんなことばでかたづけていいのだろうか……)』

『そうそう。……むかしむかし、あるところに、子供を持たない夫婦が、仲良く暮らしていました』

『……?』


 いきなり、女の人が昔話口調で話してきた。


『どんぶらこ~どんぶらこ~。旦那さんが海で大嫌いななまこと格闘していると、とっても可愛い女の子が、流れてくるではありませんか!』

『ど、どんぶらこ……?』

『どうやらその女の子は、お家を飛び出してとっても賢い頭を使って、世界を平和にしようと考えたようです!』

『(おいだされたんだけど……)』

『そんな可愛い女の子を、夫婦は一目見た瞬間とっても大好きになりました!』

『……す、き……?』

『それから夫婦は、その女の子と一緒に暮らすことを決めて、たくさんのことを教えてあげて、美人で賢いモッテモテの女の子に育てました! めでたしめでたし!』

『(え。せかいへいわはどこへ……?)』


 でも、とっても楽しかった。
 それに、いろんなことを教えてくれるって……。……知りたい。いろんなこと。知らないこと。


『(とりあえず、なまこだな。うん)』


 それに、『すき』もちゃんと知りたい。『あい』も。……もう一度。


『あ。……あの』

『ん? どうかな? 楽しくない? 自分が絵本の主人公になるって』

『えほん……?』

『そう! わたしお話書くの好きだから、あなたのことも絵本にしてみたいの。いつか書かせてね?』


 にっこり、とっても温かい笑顔で笑いかけてくれた。その温かさに、胸の中がじーんと熱くなる。目元も。なんだか熱くなった。


『お、おい? どうしたんだ……?』


 男の人が、女物のハンカチで葵の目元を押さえてくれる。


『……すとーかーだけじゃなくて。とうなんひがいにもあってます……』

『あら! ほんと! へそくり隠しておかなくっちゃ!』

『ひのちゃんに借りてそのままだっただけだからー……』


 やっぱり二人といるとあったかかった。とっても楽しくって、たくさんお話ししたいと思った。


『……ふふふ。ははっ』

『あ。……何が面白かったのー?』

『す。すとーかー……』

『え!?』


 やっぱりおかしくて、自然と笑ってしまう。


『あ。あの。……ごめいわくじゃなかったら。いっしょに。すんでみても。いいですか……? おためしきかん……? っていうの、つかわせてほしいんです』


 勇気を出してそう言うと、二人は、本当に嬉しそうに笑ってくれた。


『ええ。もちろんよ』

『今日からここが、君の新しい家だ!』


 そう言って、葵を温かく迎えてくれた。