『実はわたし、赤ちゃんが産めないの』
『……え?』
『ひのちゃん……』
葵の手を取って、女の人が自分のお腹にそれを当てる。
『だからね? あなたがわたしたちの子供になってくれたら嬉しいなーって思ったんだけど』
『え。……で、でも……』
『ずっと二人で暮らすのも楽しいけど、きっとお嬢ちゃんがいてくれると、この家ももーっと楽しくなると思うんだ』
そう言って男の人が、わしゃわしゃ頭を撫でてくれる。
『……たのしく。ないかもしれない……』
『じゃあ、お試し期間っていうのはどう?』
『『おためしきかん??』』
『なんであなたまでひらがななのよ……』
葵と同じように男の人が首を傾げる。
『わたしたちのこどもに、あなたがなりたいって思ってくれたら、本当にここで一緒に暮らしましょう』
『え?』
『そういうことか。……うん。無理矢理ってわけじゃないんだ。選ぶのはお嬢ちゃん。……行くとこがないんだろ? ここが嫌になったら、行く場所を探すまでの間ってことにしておけばいい』
『え? え……??』
『出て行きたいと思ったら、いつでも言ってくれたらいいわ? でも、きっと楽しいわよ?』
『そうそう。他のところなんか、行きたいと思わないだろうな』
『え? えー……?』
二人が正気なのか、心配になってしまった。
『そんなに深く考えなくていいのよ』
『(けっこうじゅうだいなもんだいだとおもうんですけど……)』
『これも何かの縁だ! お嬢ちゃん!!』
『え、えん……(そんなたんじゅんなことばでかたづけていいのだろうか……)』
『そうそう。……むかしむかし、あるところに、子供を持たない夫婦が、仲良く暮らしていました』
『……?』
いきなり、女の人が昔話口調で話してきた。
『どんぶらこ~どんぶらこ~。旦那さんが海で大嫌いななまこと格闘していると、とっても可愛い女の子が、流れてくるではありませんか!』
『ど、どんぶらこ……?』
『どうやらその女の子は、お家を飛び出してとっても賢い頭を使って、世界を平和にしようと考えたようです!』
『(おいだされたんだけど……)』
『そんな可愛い女の子を、夫婦は一目見た瞬間とっても大好きになりました!』
『……す、き……?』
『それから夫婦は、その女の子と一緒に暮らすことを決めて、たくさんのことを教えてあげて、美人で賢いモッテモテの女の子に育てました! めでたしめでたし!』
『(え。せかいへいわはどこへ……?)』
でも、とっても楽しかった。
それに、いろんなことを教えてくれるって……。……知りたい。いろんなこと。知らないこと。
『(とりあえず、なまこだな。うん)』
それに、『すき』もちゃんと知りたい。『あい』も。……もう一度。
『あ。……あの』
『ん? どうかな? 楽しくない? 自分が絵本の主人公になるって』
『えほん……?』
『そう! わたしお話書くの好きだから、あなたのことも絵本にしてみたいの。いつか書かせてね?』
にっこり、とっても温かい笑顔で笑いかけてくれた。その温かさに、胸の中がじーんと熱くなる。目元も。なんだか熱くなった。
『お、おい? どうしたんだ……?』
男の人が、女物のハンカチで葵の目元を押さえてくれる。
『……すとーかーだけじゃなくて。とうなんひがいにもあってます……』
『あら! ほんと! へそくり隠しておかなくっちゃ!』
『ひのちゃんに借りてそのままだっただけだからー……』
やっぱり二人といるとあったかかった。とっても楽しくって、たくさんお話ししたいと思った。
『……ふふふ。ははっ』
『あ。……何が面白かったのー?』
『す。すとーかー……』
『え!?』
やっぱりおかしくて、自然と笑ってしまう。
『あ。あの。……ごめいわくじゃなかったら。いっしょに。すんでみても。いいですか……? おためしきかん……? っていうの、つかわせてほしいんです』
勇気を出してそう言うと、二人は、本当に嬉しそうに笑ってくれた。
『ええ。もちろんよ』
『今日からここが、君の新しい家だ!』
そう言って、葵を温かく迎えてくれた。



