すべてはあの花のために⑦


「……ぶっ殺されて、いいか」

「え!? え。れんくん……? どうしたの……?」


 物騒なことを言ってる彼を見て、葵は思わず後退る。けれどすぐ、背中にベッドが当たった。


「……あおいさん。あなただけなら、助けてあげられます」

「え? ……ちょ、れんくん? どうしちゃったの?」

「私はあなたの名前を呼べるわけではないですし、完全には助けてあげられませんけど。……それでも、ここからは出してあげられます」

「え。え……??」

「一緒に、逃げますか? あおいさん」

「え? ちょ、ちょっとまって……? れんくん、わたしのこと嫌いでしょう? 殺したいでしょ? ……なのに。何で助けようなんて……」

「一瞬の気の迷いってやつです」

「(……いや。そう返してる時点で正気ですよね、あなた……)」


「どうするんですか」と、レンがそう尋ねてくる。彼の瞳は至って真面目で、葵を陥れようとかは思っていなさそうだった。本当にレンは、葵にほんの少しの間だけ。この家から逃げようと、そう言っているのだ。

 …………でも、葵の返事は決まっている。


「わたしは、逃げないよ」

「………………」

「わたしの後ろに、たくさんの人の命がある。彼らを守らないといけないから」

「………………」

「そう言ってくれてありがとう。気の迷いだったとしても嬉しい。でも、わたしの後ろにはあなたの命だってある。……ちゃんと、守ってあげる。あなたも」

「………………」

「そうすることでしか、守ってあげられなくてごめんなさい。ちゃんと、丸っとすべて、守ってあげられたらよかったのに。……っ、悔しいな。もう……」


 悔しそうに俯く葵の横顔に、そっと手が触れる。


「抱えないで」

「……え?」

「吐き出して。絶対。今までしてきたこと、全部」

「……い、いやだ」

「声に出して。私もいない時でいい。直接会って、お礼も謝罪も言えないなら、せめて言葉にしたらいい」

「……?」

「そうしたら、あなたの心はきっと軽くなる。もう、暗くなくなる。冷たくもなくなる。きっと、あなたの声も、いつか相手に届きます。だから声に出して? ありがとうと。ごめんなさいと。……そう言ってください」

「……よく。わかんない。けど……」

「でもそれは次に起きてから。今は水を飲んで寝ましょう」

「……。いやだなあ……」


 葵の瞳が不安げに揺れていた。
 レンは、葵の耳に流れた髪を掛け、そっと指で彼女の唇をなぞる。


「え。……れ、れんくん……?」


 いきなりそんなことをされて、葵は体を硬直させた。レンは小さく笑ったあと、がさごそと何かを取り出してくる。


「……?」

「飲んで。あおいさん」

「これって……」

「睡眠薬。嫌がるだろうと思って、今日という今日は寝かせに来ました」

「……っ、こ、こわい……っ」

「大丈夫。……あおいさん、信じるんでしょう?」

「れ。れんっんん……」


 レンが、薬を葵の口に当ててくる。


「何が怖いですか? 別に、不味くないですよ。いちご味だし」

「んんん。っん(そんなことじゃないぃぃ……)」

「……大丈夫。ちゃんとわかってます」


 レンは口に薬を当てたまま、葵のおでこにキスを落とす。


「んっ……!?」


 次に頬に。こめかみに。首筋に降りて、わざと音を立てるようなキスを。レンが落としてくる。


「……っ、んっ。んん」


 それでも口を開けようとしない頑固な葵の耳に、続けて唇で触れる。


「開けて? あおいさん」

「っ、んん……」


『嫌だ』と、潤む瞳で葵は懇願する。


「大丈夫。怖くない。……信じて? 絶対に起こします」

「……。んん」

「時間は……何時になりますかね。20時頃に起こせたらいいんですけど。もしかしたら日はもう越えてしまうかもしれませんね」

「……。っ。ん……」

「それでも必ず起こします。……オムライス、食べてください」

「……。んん」

「いっぱい練習しておきますから。毒味は、カオルとコズエさんにでもさせておきます」

「……。ん」

「起きたら、行きたい場所。そんなに遠くへは行けませんけど連れて行ってあげます。徒歩ですけど。夜遅いし」

「……んんっ(そんなことしたら。れんくんがっ)」

「私の心配してるんですか? ……それぐらい大丈夫です。あなたの最後の我が儘だとか、そんなこと言ったら納得するでしょ家も」

「……。っ(なんで。そんなにやさしくしてくれるの……っ)」

「……やさしくなんてないですよ、こんなことしてる時点で。私は、好きな人にはとことん意地悪になるので」

「っ、えっ!? むぐっ。(しまった……!)」