すべてはあの花のために⑥


 未だ繋いでいる手に、葵の力が籠もる。


「……うん。大丈夫だから。ちゃんとわかるよ。このカードに書かれてることもだけど、お前のこと、俺は全部知りたい。全部わかってやりたい」

「つばさくん……」

「だからいつでも言ってこい。言えないなら聞かないから。俺とはそう、約束しただろ? ……もう、今回みたいにみんなで聞こうとはしないよ。もしそうするなら、俺が止めるから」

「それは。ツバサくんに悪い」

「俺が好きでやってることだから。……大事なんだ、お前が。守らせてくれ。それぐらいなら、今の俺にでもできるだろうから」

「……わたしだって、大事だよ?」

「え?」

「ツバサくんのことも大事。みんなのことも大事だ。……もう逃げないよ。逃げずに、ちゃんと話せるところまで一生懸命みんなに伝えるから。だから……」


 意図していることがわかったのか、ツバサもぎゅっと握り返してくれる。


「そうだな。そろそろ俺も、逃げるのはやめるよ」

「……無理は。しないでね」


 ツバサはすっと、葵の頬に手を伸ばす。


「ツバサくん……?」

「他は? もう白いリボンの話は終わり?」

「えっと。……うん。ありがとう。ツバサくん」

「俺も。ありがとう葵。……ちょっとだけ。悪い」


「え」と、葵が言葉を発する前に、ツバサが葵を抱き締めてきた。


「つ、つばさくん……?」

「ごめん。しばらくこのままでいさせて」


 ぎゅうぎゅうと。苦しくない程度の力で、でも逃げられない程度で、ツバサは葵のことを抱き締めてくる。そんなツバサは、なんだか葵に縋っているようで、葵は彼の背中に腕を回して、ずっと摩ってあげた。


「…………っ。ーーーっ」

「……?」


 耳元で小さく、何度も苦しそうに呟いている。それなのに、葵には聞き取れなかった。

 しばらくして、ふっとツバサが拘束を解く。


「……ありがと。悪かったな」

「ううん。……大丈夫?」

「俺は大丈夫だよ。……だから、最後。行ってこい」


 ツバサに背中を押され、葵はすっくと立ち上がる。


「うん! 行ってくる! 本気でエクソシスト目指して!」

「うん。言ってることよくわからないけど」


 時刻を確認すると、始業まであと20分といったところだった。


「それじゃあ、また放課後にね。ツバサくんっ」

「――葵」

「……!」

「チョコありがとう。……大事にいただくから」


 去り際、ツバサは葵を引き寄せて、口の端ぎりぎり。ほんの少し触れ合った唇に、葵は顔が真っ赤になった。


「……何? もう一回する?」

「……!? し。しない……!」


 真っ赤な顔で口元を押さえた葵は、バタンと扉を閉めて、バタバタと足音を立てて駆けて行った。



「あーあ。この恰好じゃなかったら絶対にしてたのに」


 奈落に残ったツバサはというと、完全に口付けできなかったことを悔いていた。


「……ま、俺がもし変われたその時は、もう容赦しないけど」


 ツバサは葵がくれたチョコレートを開ける。


「え。めっちゃ美味そ」


 キサから葵と一緒に手作りすると聞いていて、実は少しだけ期待していたのだが。


「……んま」


 今日ばかりは、一人有意義な時間を過ごそうと思った。


「……愚弟は、本気で愚弟だからな……」


 彼女が出て行った扉を見つめる。


「ほんと、わかりにくいんだけど。やさしい奴なんだよ」


「だからどうか。あいつも救ってやってくれ」と。ツバサは切に願った。