未だ繋いでいる手に、葵の力が籠もる。
「……うん。大丈夫だから。ちゃんとわかるよ。このカードに書かれてることもだけど、お前のこと、俺は全部知りたい。全部わかってやりたい」
「つばさくん……」
「だからいつでも言ってこい。言えないなら聞かないから。俺とはそう、約束しただろ? ……もう、今回みたいにみんなで聞こうとはしないよ。もしそうするなら、俺が止めるから」
「それは。ツバサくんに悪い」
「俺が好きでやってることだから。……大事なんだ、お前が。守らせてくれ。それぐらいなら、今の俺にでもできるだろうから」
「……わたしだって、大事だよ?」
「え?」
「ツバサくんのことも大事。みんなのことも大事だ。……もう逃げないよ。逃げずに、ちゃんと話せるところまで一生懸命みんなに伝えるから。だから……」
意図していることがわかったのか、ツバサもぎゅっと握り返してくれる。
「そうだな。そろそろ俺も、逃げるのはやめるよ」
「……無理は。しないでね」
ツバサはすっと、葵の頬に手を伸ばす。
「ツバサくん……?」
「他は? もう白いリボンの話は終わり?」
「えっと。……うん。ありがとう。ツバサくん」
「俺も。ありがとう葵。……ちょっとだけ。悪い」
「え」と、葵が言葉を発する前に、ツバサが葵を抱き締めてきた。
「つ、つばさくん……?」
「ごめん。しばらくこのままでいさせて」
ぎゅうぎゅうと。苦しくない程度の力で、でも逃げられない程度で、ツバサは葵のことを抱き締めてくる。そんなツバサは、なんだか葵に縋っているようで、葵は彼の背中に腕を回して、ずっと摩ってあげた。
「…………っ。ーーーっ」
「……?」
耳元で小さく、何度も苦しそうに呟いている。それなのに、葵には聞き取れなかった。
しばらくして、ふっとツバサが拘束を解く。
「……ありがと。悪かったな」
「ううん。……大丈夫?」
「俺は大丈夫だよ。……だから、最後。行ってこい」
ツバサに背中を押され、葵はすっくと立ち上がる。
「うん! 行ってくる! 本気でエクソシスト目指して!」
「うん。言ってることよくわからないけど」
時刻を確認すると、始業まであと20分といったところだった。
「それじゃあ、また放課後にね。ツバサくんっ」
「――葵」
「……!」
「チョコありがとう。……大事にいただくから」
去り際、ツバサは葵を引き寄せて、口の端ぎりぎり。ほんの少し触れ合った唇に、葵は顔が真っ赤になった。
「……何? もう一回する?」
「……!? し。しない……!」
真っ赤な顔で口元を押さえた葵は、バタンと扉を閉めて、バタバタと足音を立てて駆けて行った。
「あーあ。この恰好じゃなかったら絶対にしてたのに」
奈落に残ったツバサはというと、完全に口付けできなかったことを悔いていた。
「……ま、俺がもし変われたその時は、もう容赦しないけど」
ツバサは葵がくれたチョコレートを開ける。
「え。めっちゃ美味そ」
キサから葵と一緒に手作りすると聞いていて、実は少しだけ期待していたのだが。
「……んま」
今日ばかりは、一人有意義な時間を過ごそうと思った。
「……愚弟は、本気で愚弟だからな……」
彼女が出て行った扉を見つめる。
「ほんと、わかりにくいんだけど。やさしい奴なんだよ」
「だからどうか。あいつも救ってやってくれ」と。ツバサは切に願った。



