すべてはあの花のために⑥


 時刻は、8時20分。葵は真っ直ぐ、迷いなくあるところへと進む。
 ノックしないまま扉を開けて、入って閉める。講堂の奈落の中を確認しないまま。


「どうもツバサくん。遅くなりました」

「……別に、待ってたわけじゃないけど」

「え? でも、こちらにいるってことはそうでしょう?」

「……はあ。まあ座りなさい」


 葵はツバサの横にちょこんと座る。


「ツバサくんこれ」

「はいこれ」

「え……?」


 葵の前に出されたのは、青のリボンが結ばれたチョコレート。


「…………え?」

「え。早くリボン取りなさいよ」

「……取ら、ない」

「は?」


 リボンは解かず、そのまま大切に腕の中に抱える。


「ツバサくんに謝ってもらうこと、特に思いつかないので。だからこれはこれでもらっておくことにします」

「……じゃあ、アタシも解かないわよ」


 ツバサも葵のチョコを受け取ったまま何もしなかった。


「流石に白は解いてもらわないと話が進まないんだけど……」

「だってお前、どうせこの間は『ごめん』って謝るんだろ」


 男モードになったツバサは、少し悲しそうだ。


「……だってわたしが悪かったので」

「俺だって。お前のこと、叩いて悪かったし……」

「え? でも、結局のところわたしが悪かったからで」

「ちゃんと理解しないまま、かっとなっちまったし……」

「でもツバサくんは、わたしがおかしくなってたから叩いてくれたんじゃん。だから、『ありがとう』って言いにきた」

「……でも。叩くことはなかったって、あとで気づいたんだ」


 ツバサは苦しそうに、自分の頭を片手で抱えながら蹲る。


「いいよ? あれぐらいどうってことないし」

「俺が嫌だったんだ。お前に手、上げたから。……すごい、後悔してた」


 大きな体が今はとても小さく見えて、それがなんだかおかしかった。


「うんっ。わかった」

「え……?」


 葵はそんなツバサからもらった青色のリボンを解いて、彼の左手に結んであげた。


「そんなに気にしなくてもいいのに。……ほんと、いつもツバサくんには助けてもらってばっかりだ」


 にこっと笑いながらそう言う葵に、ツバサは目をパチパチしている。


「ん? どうしたんだ? ツバサくん?」

「……いや。何でもないよ」


 そうしてツバサは、青と白のリボンを解いて、葵の左手に触れる。


「え。多くない? 腕大丈夫なの?」

「大丈夫だけど、その内大砲とか打てそうだよね!」

「いや無理だけど」


 素早い突っ込みに少し喜んでいると、葵がキツくないようにと、その結ばれたリボンを綺麗に整えてくれていたツバサの手がピタリと止まる。


「ああこれね? アキラくんが勝手に巻いたの」


 赤色のリボンに視線が落ちていたから、素直にそう答えた。


「わたし、赤色は持ってきてないから」

「そっか。アキがね」


 少し複雑そうなツバサの表情に、葵は結ばれた白色のリボンを確認して、彼にも話をした。