すべてはあの花のために⑥


 葵が笑うと、チカゼも嬉しそうに笑った。


「笑っとけ」

「え?」

「ちゃんと笑えてねえよ。最近のお前」

「…………」

「泣きもしねえ笑いもしねえ。心配でしょうがねえよ」

「……それこそ安心しなされ! わたしはだいじょうぶ」

「じゃねえんだろ?」


 パチンと軽く音を立てて、両手に頬が包まれる。


「無理して自分の感情と違う顔しなくていいんだよ」

「……!」

「オレらがいる。……ちゃんと頼れ」

「……うん。ありがとう」

「ちゃんとわかってやる。……お前も、好きがわかったら、もう一遍ちゃんと返事くれ」

「ちかくん……」

「ぜってえオレに惚れさせてやっから。覚悟しとけ!」

「……!」


 そう言ってくるチカゼは自信に満ち溢れ、でもどこか優しい笑顔で。目が離せない。


「……っ、ツンデレの頃が懐かしい……っ」

「は?」


 何だかんだと、最終的には悔しさが勝った▼


「あ。そういやまだリボン結んでなかったな」


 そう言ってチカゼは、青を解いて葵の左に結ぶ。


「許して。くれる……?」

「許すも何も、オレが勝手にキレただけっつったろ? お前も話せなかったんだ。勝手にキレてこっちが『ごめん』だ」


 そう言ってチカゼは結び終わったけれど、その手からちらり赤が見えて顔を顰める。


「なんだよこれ」

「あ。これはアキラくんが」

「やっぱり好きなんじゃねえかよ!」

「あの人勝手に巻きやがっただけなんすけど」

「へ?」

「だから、わたしはこの三色しか持ってきてないんだってば」

「……ほんとか?」

「そう言ってる」


「よいしょ」と、葵はマットの上から飛び降りた。


「そろそろ行かなきゃ。まだ行けてないんだ」

「……アオイ」


 チカゼはそこから動かない。きっとここに潜伏するつもりなのだろうけど。


「誓い、……覚えてるか」

「……もちろんだっ」

「だったらいい。……誰かになんてやんねえよ。お前はオレんだ」

「ものじゃないし」

「それぐらいマジだってこと」

「……もう。十分わかってるよ」


 葵はギー……ッと重い扉を開ける。


「でも、お前の気持ちはお前んだから」

「え……?」


 振り向いた時に見えたチカゼは、一瞬苦しそうな顔をしてたけれど、今はにかって笑っていた。


「好きを、早くわかればいいな」

「……? うん? ありがとう……?」

「決めるのはお前だ。ちゃんと見つけろよ。お前の好きを」

「……わかった」


 真面目な顔に、真剣に返す。けど、やっぱり最後は笑顔を返した。


「ありがとうチカくん。話せてよかった。また放課後にね!」


 にかっと笑って、体育倉庫を出て行った。



「……はあー……」


 葵が出て行った倉庫内で、チカゼはマットに寝そべり、額に腕を乗せて大きく息を吐いていた。


「あいつ、笑えてた。よかった……っ」


 嬉しそうに笑っているが、その目からは涙がつーっと流れている。


「すき。なんだっ。……負けたく。ねえ……」


 だんだんと、悔しそうに顔が歪んでいく。


「……っ。まずは。これからわかってやんねえと。それで、あいつを運命から助けねえと……」


 でも、涙でぼやけてよく見えない。


「…………っ。お前の目が赤くなったって。別に嫌うわけねえじゃんか……ッ」


 悔しそうに、チカゼは手を握り締めていた。