葵が笑うと、チカゼも嬉しそうに笑った。
「笑っとけ」
「え?」
「ちゃんと笑えてねえよ。最近のお前」
「…………」
「泣きもしねえ笑いもしねえ。心配でしょうがねえよ」
「……それこそ安心しなされ! わたしはだいじょうぶ」
「じゃねえんだろ?」
パチンと軽く音を立てて、両手に頬が包まれる。
「無理して自分の感情と違う顔しなくていいんだよ」
「……!」
「オレらがいる。……ちゃんと頼れ」
「……うん。ありがとう」
「ちゃんとわかってやる。……お前も、好きがわかったら、もう一遍ちゃんと返事くれ」
「ちかくん……」
「ぜってえオレに惚れさせてやっから。覚悟しとけ!」
「……!」
そう言ってくるチカゼは自信に満ち溢れ、でもどこか優しい笑顔で。目が離せない。
「……っ、ツンデレの頃が懐かしい……っ」
「は?」
何だかんだと、最終的には悔しさが勝った▼
「あ。そういやまだリボン結んでなかったな」
そう言ってチカゼは、青を解いて葵の左に結ぶ。
「許して。くれる……?」
「許すも何も、オレが勝手にキレただけっつったろ? お前も話せなかったんだ。勝手にキレてこっちが『ごめん』だ」
そう言ってチカゼは結び終わったけれど、その手からちらり赤が見えて顔を顰める。
「なんだよこれ」
「あ。これはアキラくんが」
「やっぱり好きなんじゃねえかよ!」
「あの人勝手に巻きやがっただけなんすけど」
「へ?」
「だから、わたしはこの三色しか持ってきてないんだってば」
「……ほんとか?」
「そう言ってる」
「よいしょ」と、葵はマットの上から飛び降りた。
「そろそろ行かなきゃ。まだ行けてないんだ」
「……アオイ」
チカゼはそこから動かない。きっとここに潜伏するつもりなのだろうけど。
「誓い、……覚えてるか」
「……もちろんだっ」
「だったらいい。……誰かになんてやんねえよ。お前はオレんだ」
「ものじゃないし」
「それぐらいマジだってこと」
「……もう。十分わかってるよ」
葵はギー……ッと重い扉を開ける。
「でも、お前の気持ちはお前んだから」
「え……?」
振り向いた時に見えたチカゼは、一瞬苦しそうな顔をしてたけれど、今はにかって笑っていた。
「好きを、早くわかればいいな」
「……? うん? ありがとう……?」
「決めるのはお前だ。ちゃんと見つけろよ。お前の好きを」
「……わかった」
真面目な顔に、真剣に返す。けど、やっぱり最後は笑顔を返した。
「ありがとうチカくん。話せてよかった。また放課後にね!」
にかっと笑って、体育倉庫を出て行った。
「……はあー……」
葵が出て行った倉庫内で、チカゼはマットに寝そべり、額に腕を乗せて大きく息を吐いていた。
「あいつ、笑えてた。よかった……っ」
嬉しそうに笑っているが、その目からは涙がつーっと流れている。
「すき。なんだっ。……負けたく。ねえ……」
だんだんと、悔しそうに顔が歪んでいく。
「……っ。まずは。これからわかってやんねえと。それで、あいつを運命から助けねえと……」
でも、涙でぼやけてよく見えない。
「…………っ。お前の目が赤くなったって。別に嫌うわけねえじゃんか……ッ」
悔しそうに、チカゼは手を握り締めていた。



