すべてはあの花のために⑥


 そうしてる内に、チカゼが動きをやめて、葵の顔の横に手をつく。


「……なんで、止めねえんだよ」

「いや止めたけど」

「……っ」

「ねえチカくん。好きってすごいね」

「は?」

「好きってだけで、人を信じられるし。信じて欲しいって。そう、思えるんだね」

「……アオイ?」


 そう言葉にすると、今度は葵の方が苦しそうな顔になる。


「……チカくん。本当だから」

「は?」


 葵はそっとチカゼを押し退けてゆっくり起き上がる。


「わたしが言ったことも、伝えようとしてることも、本当だから」

「………………」

「ずっと謝れなくて、『ごめんなさい』。チカくん、怒らせちゃって。ほんと、ごめん」

「アオイ……」


 俯いた顔の横から、そっと遠慮がちに後頭部へと手が触れる。葵が顔を上げるとすぐそこには、彼のやさしい顔が目の前にあった。


 ――ドンドンドンドンッッ!

「「――!?!?!?」」


 先程まで目と鼻の先にいた彼は、急に大きな音を立てた倉庫の扉に、まるで猫のように飛び上がった。心霊現象かと思い、そのまま怯えたチカゼが抱きついてくる。


「な、なんなんだよ……」

「……幽霊?」


「ひいっ!?」と、小さな悲鳴を上げて、今度は葵の陰に隠れた。


「いや、そんなわけないじゃん。治まったし」


 今はもう、何事もなかったかのように静かだ。


「な、なんだって。いうんだよ……」

「だから、もう大丈夫だから離してって」


 最終的に、後ろからお腹に腕を回して、彼の足の間に収まったのだが。


「まあ、全然わかんねえことだらけだけど……んっ」

「……!」


 耳の裏辺りに、チリッとした痛み。


「ち、ちかくん……!」

「そんな怒んなよ。愛情表現だっつの」

「ば、ばか……!」

「はいはい。わかったわかった」

「チカ! バカ! チカ! バカ!」

「見えるとこにすんぞ」


 無言の意思表示をすると、肩に額が乗っかってくる。


「どこにも。行くんじゃねえよ」

「ちかくん……」

「オレの。手が届くとこに。ちゃんといろ」


 少しだけ震える彼の手に、とんとんと触れた。


「ほんと、お前の言ってること難しいわ」

「すんません」

「でもちゃんとわかってやるから、待っとけ」


 チカゼはすっと手を離す。


「大丈夫だ。安心しとけ。ぜってえ嫌いになんてなんねぇし、お前のことを知れてオレは今ウッキウキだ」

「違う。チカくんはにゃ~って言わないと」

「いや、別にサルになって言ったわけじゃねえから」

「ははっ。……うん、そうだね?」