すべてはあの花のために⑥


 チカゼは何も言わなかったが、初めに比べたら空気は和らいだ気がした。


「あの時言ったことは全て事実です。……でも、話せるところまで話したせいで、みんなにあんな顔をさせてしまいました」

「…………」

「キサちゃんに、わかりやすくではなく難しく伝えてみたらと言われたので、今度はこのカードに。少し難しいかもしれませんが、『わたし』のことを書いたんです」


 葵は、チカゼが持っているカードをつんと触る。
 チカゼをちらりと見たら、『は?』って顔になってて、ついおかしくなって笑ってしまった。


「そうですよね。言ってること、わけがわからないと思います」


 後ろに手をついて天井を見上げる。


「話せなくて。ごめんなさい。でもそのカードには、わたしの気持ちを込めたんです。だからどうか、わかって欲しい。これが、わたしがみんなに話せる限界なんです」

「…………」

「……みんなに、嫌われたく、ないんです」

「……?」

「わたしのこと、知って。……嫌われたく、ないんです」

「…………」

「知って欲しくないけど、でも。みんなにはわかっていて欲しくもあるんです。こんな。……こんなわたしでも。みんななら受け入れてくれるんじゃないかって。そう。思ってます」

「……っ」

「でもっ。受け入れられなかったらどうしようって。そう。思って。……どうしても本当のこと。言えないんです。……言いたく、ないんですっ」

「…………」

「だから。話せなくって。……あんな顔させてしまって。あんなこと言わせて。…………っ、ごめんなさ」


 言い切る前に、チカゼが葵のことを強く抱き締めてきた。


「!? ちかく」

「嫌うわけねえだろうが」


 キツく、体が軋みそうになるほど彼に抱き締められる。


「何か? オレがお前のこと嫌いになるとでも思ったのかよ」

「……思って。ません」

「さっき言ってたじゃねえか。『嫌われたら怖い』って。そうじゃねえのかよ」

「怖いけど。……みんなは嫌わないって。信じてます」

「なんだよそれ。結局のとこ、思ってんじゃねえか」

「!? ちが」

「嫌いになんて、ならねえよ?」

「え……?」


 先程までの鋭い空気が、急にふわっと柔らかく、葵を包み込むように穏やかになる。
 そっと、体を離した時の彼の顔は、すごくやさしかった。


「どうしたらわかってくれるんだ。何か? キスぶちかましたらいいのか?」

「……!? い、いりません……!」

「なんだよ。オレがお前好きってのがわかってねえんだろ? だったら体に覚えさせてやるしかねえじゃん」


 誰ですか! この積極的すぎる輩はっ!
 慌てる葵を余所に、チカゼは満足そうに笑っていた。