すべてはあの花のために⑥


 時刻は7時50分。


「(……あとこのくらいしか……)」


 彼がいるのはここじゃないかなと思って、葵は体育倉庫の扉を思い切り開けた。


「――!!!!????」


 案の定超絶ビビっておられました。
 大丈夫だって。まだ始業のチャム鳴ってないんだから。


「こちらでしたか、チカくん」


 怯えてはいても、彼は眼光鋭く睨み付けてくるだけ。


「(話す気はないって感じだな)」


 気分悪いって言われてるんだもん。それはしょうがない。


「(でも、逃がさないけどね~)」


 葵は秘密兵器のチョコレートを彼の前に出す。


「どうぞチカくん」

「………………」

「どうぞおチカく~ん??」

「…………(焦)」


 それでもチカゼはそこから動こうともしないし、リボンを解こうともしなかった。


「……あ。なるほど。そういうことだったのか」

「……?」


 一人葵は納得した。何がって、このジンクスでリボンを解かなかった時だ。


「いや、あれですよ。どうして逃げちゃったらストーカーに遭うっていうジンクスがあるのかと思って」


 葵は「よっこいしょ」とマットの上に座り込んだ。チカゼも逃げる気はないようで、少し近寄ってくるが視線は鋭さを保ったまま、話す気もないのは変わりない。


「……だって、受け取ってもらわないと、悲しいですから」

「…………」

「誰かのために用意したのを、逃げられもしたら、それは追いかけてでも渡したくなります」

「…………」

「だからリボンのジンクスは、準備した人の気持ちを酌んでできたんだなって、そう思って」

「……はあ」


 チカゼはため息をついて、葵の隣にどかっと座り、葵が持っているチョコの白を、左手に結んでくれた。


「(……よかった。話は聞いてくれるんだ)」


 正直、全部取って右に結ばれてもおかしくないと思っていた。でも『話さないけど聞く』と、そう言ってくれた彼に、葵は嬉しくてつい頬が緩む。


「――――」

「……? チカくん?」


 チカゼは一瞬目を見開いたが、それがどうしてなのかはわからなかった。葵は首を傾げたけど、話を聞いてくれるチカゼに、あのカードを渡すことに。


「……?」

「チカくん。この間は話してあげられなくて『ごめんなさい』」


 葵がそう言ったので、チカゼはこのカードに何かあるのかと思って急いで見るけど、……開いた瞬間に嫌そうな顔をして見るのをやめていた。


「あんなこと言っておいてなんなんですが、『結婚のこと』『わたしがアキラくんを好き』だということに、決して嘘はないんです。わたしはもう、みんなに嘘はつきたくないので」