時刻は7時50分。
「(……あとこのくらいしか……)」
彼がいるのはここじゃないかなと思って、葵は体育倉庫の扉を思い切り開けた。
「――!!!!????」
案の定超絶ビビっておられました。
大丈夫だって。まだ始業のチャム鳴ってないんだから。
「こちらでしたか、チカくん」
怯えてはいても、彼は眼光鋭く睨み付けてくるだけ。
「(話す気はないって感じだな)」
気分悪いって言われてるんだもん。それはしょうがない。
「(でも、逃がさないけどね~)」
葵は秘密兵器のチョコレートを彼の前に出す。
「どうぞチカくん」
「………………」
「どうぞおチカく~ん??」
「…………(焦)」
それでもチカゼはそこから動こうともしないし、リボンを解こうともしなかった。
「……あ。なるほど。そういうことだったのか」
「……?」
一人葵は納得した。何がって、このジンクスでリボンを解かなかった時だ。
「いや、あれですよ。どうして逃げちゃったらストーカーに遭うっていうジンクスがあるのかと思って」
葵は「よっこいしょ」とマットの上に座り込んだ。チカゼも逃げる気はないようで、少し近寄ってくるが視線は鋭さを保ったまま、話す気もないのは変わりない。
「……だって、受け取ってもらわないと、悲しいですから」
「…………」
「誰かのために用意したのを、逃げられもしたら、それは追いかけてでも渡したくなります」
「…………」
「だからリボンのジンクスは、準備した人の気持ちを酌んでできたんだなって、そう思って」
「……はあ」
チカゼはため息をついて、葵の隣にどかっと座り、葵が持っているチョコの白を、左手に結んでくれた。
「(……よかった。話は聞いてくれるんだ)」
正直、全部取って右に結ばれてもおかしくないと思っていた。でも『話さないけど聞く』と、そう言ってくれた彼に、葵は嬉しくてつい頬が緩む。
「――――」
「……? チカくん?」
チカゼは一瞬目を見開いたが、それがどうしてなのかはわからなかった。葵は首を傾げたけど、話を聞いてくれるチカゼに、あのカードを渡すことに。
「……?」
「チカくん。この間は話してあげられなくて『ごめんなさい』」
葵がそう言ったので、チカゼはこのカードに何かあるのかと思って急いで見るけど、……開いた瞬間に嫌そうな顔をして見るのをやめていた。
「あんなこと言っておいてなんなんですが、『結婚のこと』『わたしがアキラくんを好き』だということに、決して嘘はないんです。わたしはもう、みんなに嘘はつきたくないので」



