「――……!」
薄気味悪さを感じて、思わず自分の体を抱き締める。
嘲笑われているようで、気分が悪い。まるで、知らない間に、見えないところで蜘蛛の糸に絡め取られているような……そんな錯覚に陥ってしまう。
「(……何が。これ以上あるっていうの)」
葵は、震える体をただ抱き締めていた。
「……おい。大丈夫か。寒いか?」
「いえ。ただ少し寒気がしただけなので、気にしないでください」
「……そうか?」
そう言って停めていた車をまた走らせる。
「にしてもお前さん、理事長だけじゃなくて執事にも言えなくなったのはどうしてなんだ」
「………………」
「これも言えねえのか」
「彼は、もう用済みなので」
「は?」
「話す価値も、彼にはもうなくなったということです」
「……それってどういう」
「主人の命令を聞けない者は、道明寺には必要ないんです」
「ちょ、……待て。流石のオレももう知ってるぞ。お前さんの執事は」
「そんなもの関係ないんですよ」
葵の目は、本当に彼を毛嫌いしているかのように鋭い瞳だった。
「(……一体、何があった)」
家の前に着いたらいつもの葵に一瞬だけ戻る。
「ありがとうございました。キク先生。聞かないでいてくれて」
そう言って車を降りたあと、「遅くまで勉強を見ていただいてありがとうございました、先生。とても助かりました。それではまた」と仮面を着けて、家に帰って行った。
「おいおい……。なんで家で、ばっちりそれ着けなきゃなんねえんだっつの」
葵が消えたあとも、キクはしばらくの間家の前に留まって、その大きくて、どこか違和感のある不気味な豪邸を見上げていた。



