「(願いを叶えることは、わたしにとって当たり前のことなのに……)」
それでも確かに言ってくれた。『ありがとう』と。みんなが、そう言ってくれた。
「(っ、言ってもらう資格なんて。わたしにはないのに……)」
それでも、葵の味方であることは違いないんだと。そんなこともきっとわかってたんだ。
葵がいつでも『助けて』と言えるように。いつの間にか周りを、あたたかく囲み込んでくれていた。
「(そんな資格。ないのに。なんで。こんなに嬉しいんだ……っ)」
これじゃあ『考え』が崩れてしまう。こんなことされたら……言ってしまいたくなる。
「(……これ以上、みんなを傷つけさせたりしない。大切なみんなは、わたしが絶対に守る。たとえみんなに嫌われたとしても、絶対に守るよ。できなかった時は、どうか彼らに『植え替えて』もらって……?)」
葵は両手を胸の前で握り締める。キクは、葵の気が済むまでずっとそばにいてくれた。
――――――…………
――――……
「ちょっとは吐けたか?」
「そうですねー。まあちょっとは」
今はキクが、車で家まで送ってくれている。
「え。結構吐いたくね?」
「だってキク先生全然知らなかったんですもん。逆にギリギリのとこで吐くのに考えながらだったんで疲れました」
「それは悪うござんした」
「ふふ。冗談です。結構話しました。キク先生も聞いててよくわからなかったでしょう?」
「ん。さっぱり」
「でも、先生は聞かないでいてくれるから」
「…………」
「わたしが言うまでは、何もしないでいてくれるから」
「…………」
「それに先生はわたしの担任ですから。ちょっとは話していいかなって」
「お前さんが吐けるなら、いつでも貸してやるよ」
「仕事はしてください」
ちょっとだけ顔が引き攣っていたような気がしたが、そこは笑ってスルーしておいてあげた。
「そういえば、最近落ち着いてるんですよね……」
「ん? 何がだ?」
「あ。いえ、最近西が暴れることなくなったなって思って……」
「……言われてみればそうだな。そんなに聞くこともなくなったな」
「あの、いつ頃から西って暴れてたんでしたっけ?」
「いつだったか……去年辺りか? いや一昨年か?」
「適当ですね……」
「別に誰かが怪我したとかの報告はねえからな。でも、治安が悪かったのは確かだ」
「……それが、今は落ち着いていると」
「逆にお前さんたち、いつから見回りしてねえ?」
葵は一旦目を閉じて思い出す。
「わたしが襲われてから多分、まともにしていないと思います」
「…………」
「『一旦見回りはやめておこう』って話になったんです。まあわたしがしていなかっただけで、男子たちはしてたみたいですけど」
「それはあれだろ? お前さんをそんなんにしたから取っ捕まえてやろうとしてたんだろ?」
「しないで、ってお願いしてたんですけどね」
「…………」
「でも、カナデくんのことが落ち着いたらしなくなりました。……あれ? なんでだろ」
「もうその頃には落ち着いてたんじゃないのか?」
確かにその頃には落ち着いていて、時々嫌な、気持ち悪い視線があったけど。
それも、もうない。



